瞬の逢引の相手は、ホテルの前で瞬をタクシーに乗せると、彼自身は同乗せずに車を発進させた。
瞬の最近の帰宅時間を鑑みるに、瞬はそのまま城戸邸に帰るものと思われたので、紳士が別のタクシーに乗り込むのを確かめると、氷河は瞬の素行調査をそこで中断した。

深更に近付きつつある都心の空では、あちこちでぽつぽつと星たちが、今にも消えてしまいそうな弱々しい光を発して瞬いている。
頭上で輝く星の数が、指を繰って数えられるほどしかないという事実が、氷河の心境をますます寒々しいものにした。

「いや、しかし、あれは、おまえみたいな青二才に太刀打ちできる人物じゃないぞ」
「あの歳であの迫力、あの色気。氷河、おまえ、完璧に負けてるじゃん」
「…………」
二人の野次馬の言葉を認めざるを得ないことが、氷河の癪に障る。

「もともとブラコンの気がある奴だから、年上で包容力のあるタイプに弱いんだろうとは思っていたが、まさか一足飛びにあそこまで飛ぶとは、並外れた跳躍力だな。瞬も、だてに聖闘士はしていないということか」
紫龍の冗談は、はっきり言って笑えない。
くだらない冗談を言ってくれた長髪男を、氷河はぎろりと睨みつけた。

「やかましい! 瞬に限って、そんなことがあるはずがない!」
「瞬だからありえるんじゃないか。瞬は、老若男女問わず親切で、そういうことでの偏見も持っていなければ、そんなことで差別もしない奴だ」 

「だから、さっさと告白しとけばよかったのにさー」
星矢のぼやきは、半ば以上本心から出たものらしい。
だが、氷河は、それも乱暴に跳ね除けた。
「余計なお世話だ!」

「川田順が『老いらくの恋は恐るる何もなし』と詠んでいる。老いらくの恋は激しいものらしいぞ」
「紫龍! 貴様、瞬があんなジジイと寝てるとでも言うつもりかっ!」

「…………」
氷河の怒声に、紫龍が一瞬きょとんとする。
「いや……。さすがに俺も、そこまでは考えていなかったが……」
氷河の剣幕と想像力に、紫龍は呆れた顔になった。

「恋する男の想像力は、聖闘士以上の跳躍力を見せるものだな」
「ここまでくると、跳躍力というより飛翔力だろ」

ノンキな野次馬たちの意見は、あくまでも客観的で、どこまでも他人事だった。






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