品川氏が電話で告げた病院では、ちょうど診療時間が終わったところだったらしい。
受付待ちのロビーより、処方箋の受け取り用ロビーの方が混雑していた。

「品川という患者の病室は──」
おそらく、氷河より先に着いていた瞬たちに、同じことを尋ねられたばかりだったのだろう。
受付の女性は、特に何かを調べる様子もなく、
「品川さんのお身内の方? 4階の特別室です。急いでください」
と、堅い表情で早口に言った。

やはり、そういうことらしい。
品川という人物とその細君が、瞬にどういう関わりがあるのかはわからなかったが、嫌な予感に急かされるように、氷河はエレベーターに飛び乗ったのである。


そうして。
氷河は、晴天の霹靂に見舞われた。

目的階に着きエレベーターから出た氷河が、白く長い廊下をどちらに向かうべきかを迷っている時、廊下の向こう側から、沙織ともう一人、不思議ないでたちをした人間が走ってくるのに、彼は出くわしたのである。

「沙織さん、待ってください。僕、こんなの履いて走れな……」
その不思議ないでたちをした人物は、高いヒールに難儀しているらしかった。
「何を言ってるの! 女性はみんな、それで走ってみせるのよ! 瞬、あなた、それでも私の聖闘士なの!」

履き慣れないハイヒールに難儀しているのは、瞬だった。
そして、瞬は──瞬は白く長いドレスを着ていた。

パールとプラチナのティアラから流れる純白のサテンのヴェールが、瞬の肩と背中を覆っている。
白いレースがあしらわれたシルクのドレスと、アームロングの白い手袋。
胸元に、品川氏が瞬に贈った、あの百合の花のブローチ。
口紅ではなさそうだったが、瞬の唇は薄いピンク色の何かで染められている。

つまり、すなわち、要するに。
瞬は、いわゆるウェディング・ドレスというもので、その身を包んでいた。
女性だけが着ることを許された純白のドレスを身にまとった瞬は、どこから何をどう見ても、清楚な花嫁にしか見えなかった。
そこいらの女など目ではない。
比較することが馬鹿げていると思えるほどに、瞬は綺麗だった。

「瞬……」
あまりのことに氷河は言葉を失い、呆然とその場に立ち尽くしてしまったのである。
似合いすぎて、綺麗すぎて、洒落にならなかった。

「ひ……氷河…… !? 」
氷河がそこにいることに気付いた瞬が、白い廊下の中程で立ち止まる。

「瞬、急いで!」
沙織も氷河の姿には気付いたようだったが、彼女はそれを無視して、瞬を急かした。

氷河が立っている場所から数メートル手前にある部屋のドアが、内側から開けられる。
例の老紳士が、そこにいた。

「ああ、綺麗だ」
彼は感嘆したようにそう言って、白いドレスを着た瞬に手を差し延べた。
瞬がその手に自分の手を重ねる。

二人のその様子を見て、氷河の混乱はますます激しくなってしまったのだった。

品川氏に手を取られて、瞬がその部屋の中に入っていこうとする。
混乱が極まった氷河は、ここが病院だということを、おそらくすっかり忘れてしまっていた。
白いチャペルの外に取り残されようとしている哀れな男──その時、氷河は、自分がそういうものにされかけていると感じてしまったのである。

いくら何でも、これはあんまりだった。
こんな姿をした瞬を、他の男になど渡したくないし、見せたくもない。
氷河は、閉じられかけたドアに飛びついた。

「瞬っ、早まるなっ! そんな奴より、俺の方がずっと長く、おまえと一緒にいてやれる! 俺はおまえが好きなんだっ!」
そう叫んで、氷河は礼拝堂に飛び込んだ。──はずだった。

だが、そこは、氷河の案に相違して、神の祝福を待つ慶賀の場所ではなかったのである。






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