「僕、最初、おばあちゃんを白雪姫みたいな人だと思った」
「白雪姫?」

突然降ってきた場違いな名前に、氷河が瞳を見開く。
瞬は、小さく頷いた。

「おばあちゃん、辛いことや悲しいことを忘れて、品川さんに愛されて守られて、他人や運命を憎むことも恨むことも知らないみたいに、いつも幸せそうに微笑ってて……。いつもほんとに幸せそうな顔して、僕を真理ちゃんって呼ぶんだ……。おばあちゃんは、自分が白雪姫みたいに幸せでいるために、辛いことや悲しいことを忘れているんだと思った──それを、逃避だと思ったんだ。悲しい逃避」

そう言ってから、瞬は、本物の白雪姫が強かったのか、お姫様育ちで何かを恨むことを知らなかっただけなのかはわからないけど──と、言葉を付け足した。

「でも、それでも、おばあちゃんが必死に生きていたことに変わりはないんだよね……」
瞬は、自分に言い聞かせるようにそう言って、大きくひとつ吐息した。

「僕は、お姫様じゃないから、運命や人を憎むことを知ってる。傷付くことも傷付けることも知ってる。自分を不幸だと嘆くこともある。でも──」

今日の瞬は、いつになく饒舌だった。
“娘”に間違われていることを仲間に知られたくなくて、これまで沈黙していた分を取り戻そうとするかのように。
あるいは、あの老夫婦と知り合ってから自分が考え続けていたことを、整理しようとするかのように。

「他人の痛みより痛いものはないね。自分が傷付く方が全然痛くない。だから、僕は自分の苦しみを減らすために闘う。僕は、だから、聖闘士でいられるのかもしれない」

「…………」
瞬なら、そうなのだろう。
瞬らしい闘い方だと、氷河は思った。

「聖闘士でいることって、辛いものだと思っていたけど、そうでもないのかもしれないね。品川さんもおばあちゃんも、他の誰だって、生きるために闘ってる。僕たちは、闘う目的が他の人たちより明確な分、楽なのかもしれない」

そして、瞬は、これからもそんなふうに闘い続けていくのだろう。

「同じように辛いことしてても……目的や夢のある人のそれは努力で、ない人のそれは苦労なんだって。僕たちのしてることは──努力だよね?」
「──そうだな」

瞬の言葉に頷きながら、氷河は、自分が瞬を好きでいる事実を、今更ながらにしみじみと思ったのである。
瞬の闘い方は氷河のそれとは違っていたが、だからこそ、それは、氷河の心を惹きつけてやまないものだった。






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