「よし、ここは先達せんだつならうことにしよう!」
長い沈思黙考のあと、もはや解決策はこれとかないと意を決したように、氷河はきっぱりと言いました。

「先達……って、僕たちみたいな立場に立たされたことのある人が他にもいるの?」
瞬に尋ねられた氷河が軽く顎をしゃくって、その有名なカップルの名を口にします。
「ロミオとジュリエットだ。俺たちも奴等に倣って、死んだ振りをして駆け落ちしよう。それで、おまえの先生の面目も立つし、我が師の立場にも傷がつかない」
「なんだか失敗しそう」

氷河が自分たちの先達として挙げたその名を聞いて、瞬は思いっきり不安な気持ちになりました。
ロミオとジュリエットといえば、その駆け落ち計画を失敗させ、それどころか自分たちの命をも落とした悲劇の恋人同士──と言えば聞こえはいいですが、要するにドジの見本のような二人ではありませんか。

けれど、瞬の不安げな顔をよそに、氷河は自信満々です。
「大丈夫だ。失敗した先達が残してくれた教訓を生かして、同じてつを踏まなければいいだけのことだ。人間ってのは、そうやって進歩発展してきたんだぞ」

「それはそうだけど……」
そう言われても──です。

彼等の先達のロミオは、仮死状態になる薬を飲んで死んだ振りをしているジュリエットを見て、本当に死んでいるのかどうかも確かめずに、とっとと後を追った粗忽者。
そして、ジュリエットもまた、倒れているロミオの姿を見た途端、
『おお、嬉しい、この短剣。この胸、ここがおまえのさやなのよ』
なーんて悲劇に酔ったセリフを吐いて、キリスト教徒にあるまじき自害を、ためらいもせずにしてのけた慌て者──です。

そんな二人を手本にしなければならないとは、不安になるなという方が無理な話ではありませんか。
瞬は目いっぱい心許なげな目をして、せっかちな恋人の顔を見あげました。

「僕、死んだ振りするだけだから、早合点して氷河まで死んだりしないでね」
「俺はそんなドジじゃない。おまえこそ、何があっても早まった真似はするなよ」
氷河は、あくまでも、どこまでも自信満々。
自分の立てた(と言うより、思いついた)計画の成功を疑う様子もありません。

「よし、そうと決まったら、前祝いだ」
「そうと決まったらって、まだ何も決めてないじゃな……ああん、だから、そんな急に入れないでってば……!」
「ここが俺の剣の鞘なんだから、俺が入りたがるのは当然だ」

あくまでも、どこまでも自信満々な氷河は、今日も今日とてせっかちです。
瞬は瞬で、今日もすぐにいい気持ち。

そんなわけで、二人はいつものコトに夢中になって、緻密な計画を立て損ねたまま、命懸けの大芝居に挑むことになってしまったのでした。






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