いよいよ、果し合いの前夜。
瞬は、氷河がどこぞから手に入れてきてくれた、一日の間だけ仮死状態になるという怪しげな薬を飲み、寝台に横になりました。
氷河の立てた計画は杜撰この上ないものでしたが、薬の効き目だけは予定通り。
怪しげな薬を飲んだ瞬の身体は冷たく冷え、その呼吸は、あるかなしかのものになりました。

瞬の(仮)死に気付いたアルビオレは、驚天動地の震天動地。
これは果し合いどころではありません。
果し合いの中止を求める使いの者をアクエリアス家に出して、代わりに彼は、泣く泣く愛弟子の葬儀の準備にとりかかったのです。


アンドロメダ家は、この町に二つしかない聖闘士育成の名家。
その家で起こった悲劇は、たちまち町中の人たちの知るところとなり、その葬儀には大勢の弔問客が訪れました。
たくさんの白い花と共に棺に納められた瞬の遺体は、まだ若く美しく、それがまた弔問客たちの涙を誘います。

瞬の葬儀には、アクエリアス家のカミュと氷河も来ていました。
カミュが、瞬の遺体に献花をするために、棺に歩み寄った時。
それまで、弔問客たちの献花に青ざめた頬をして礼を返していたアルビオレが、ふいに震える声で言ったのです。

「瞬は、アクエリアス家の浅ましいけだものに汚されたことを嘆き、悲しみのあまり死んでしまったんだ」
──と。

これは、カミュには聞き捨てならない言葉でした。
彼は、自分の弟子と同じく聖闘士を目指す少年が若くして亡くなったことを心から悲しんでいました。
また同時に、彼は、自分の弟子を信じてもいました。
アンドロメダ家の者が何と言おうと、自分の弟子がそんな卑劣な真似をするはずがないと、彼は堅く信じていたのです。

だからこそ彼は、アンドロメダ家の者はもちろん、薄々事情を察しているらしい他の弔問客たちに白い目で見られることも怖れずに、この場にやってきたのです。
そのカミュにとって、アルビオレの言葉は言いがかり以外の何物でもありませんでした。

「言いがかりをつけるのはやめてもらおう! アンドロメダ家では、当家の氷河がそちらの家の者に乱暴を働いたという悪い噂を流しているらしいが、氷河はそんなことをするような男ではない! おおかた、おまえの弟子が他の男を引き込んで、言い逃れできずにそんな嘘をついたに決まっている。その少年は、自分が嘘をついていることに耐えられなくなって、そのせいでこんなことになってしまったんだ!」

自らの弟子への信頼を、ほんの僅かも揺るがさず、カミュはそう断言しました。
そして、そうしてから初めて、彼は棺の中に横たえられている少年の顔を見たのです。
カミュは、大きなショックを受けました。

それは、以前、レンタルショップのカウンターで、カミュを優しいと言って微笑んでくれた、あの少年でした。
彼に会ったのはその時だけでしたが、その時の印象からして、カミュには彼が保身のために嘘をつくような人間には思えませんでした。

けれど、その推察以上にカミュにショックを与えたのは、
(こっ……これはどう見ても、氷河の好みのタイプだ……!)
──ということだったのです。

カミュはもちろん、自分の弟子が誠実な男だということに絶対の自信を抱いていました。
氷河が、よりにもよってアンドロメダ家の者に乱暴狼藉を働くことなどありえないと信じていました。

しかし、けれども、だが和菓子。
氷河が、ここまで好みのタイプの相手に出会い、その相手に拒まれてしまったなら──。

氷河は確かに誠実な男ではありましたが、カミュが学ばせようとしている『クール』とは程遠く、激情的な不肖の弟子でもありました。
その若さと激情をもって、恋する相手に対峙した時、はたして氷河はクールかつ理性的な男でいることができたのだろうか──?

カミュの中には、その時初めて、愛弟子への疑いの心が生まれたのです。






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