実力的には、カミュの方が少し上だったかもしれません。
けれど、アルビオレには、愛弟子を失った悲しみと怒りという後押しがありました。

そして、それ以上に。
互いの家と互いの弟子の名誉をかけた闘いだというのに、カミュの拳にはいつもの切れがありませんでした。
しかも彼は、いくらでもそのチャンスはあったのに、ついに最後まで自身の必殺技を放とうとはしなかったのです。


──カミュが仰向けに地に倒れると、アルビオレは納得のいかない目をして、倒れたカミュの脇に片膝をつき、彼を問い質したのです。
「なぜ、わざと負けるようなことをした !? 」

問われたカミュが、苦しげな息の下から低い声で答えます。
「あんなに優しい子を死に追いやったのが氷河なのだとしたら、それは師である私の監督不行き届き、私の責任だ。私は、私の命をもって、あの子に詫びる」

カミュの声は力なく掠れていました。
けれど、その声は、弟子を思う優しさと、一個の人間としての誠意にあふれていたのです。
「氷河を許してやってくれないか。あれはまだ──クールになりきれていない未熟者なんだ。好みのタイプの可愛い子の拒絶に合ったら、若さに負けて、その激情のままに行動してしまうこともあるだろう。だが、あれは、本当は、そんな卑劣な人間ではないんだ」

「やはり、わざと私の拳を受けたのか……。クールになりきれていないのは、あなたも同じではないか」
「ははは……そうかな……」

アルビオレの瞳から怒りの色が消えているのを見てとったカミュの目許に、微かな笑みが浮かびます。
彼は、自身の贖罪がアルビオレに受け入れられたことに安堵した様子でした。

けれど、それで安堵してしまえないのが氷河です。
こんなことのために──師の命を奪うために──彼は、こんな芝居を打ったわけではありません。
彼は彼で彼なりに、己れの師のために、その名誉を守るために、こんな計画(と言うより無計画)を立てたのです。

「カミュ〜っっ!」
あまりの急展開についていけず、それまで呆然としているばかりだった氷河は、周章狼狽して、師の側に駆け寄りました。

師として、聖闘士として、心から尊敬していたと言えば嘘になりますが、一人の人間としては敬愛していたカミュの死に、冷静でいられる氷河ではありません。
傷付き倒れた師の前で、氷河は号泣し──ようとして、けれど、残念ながら、彼はそうすることができなかったのです。

アルビオレが肩をすくめながら告げた、
「ああ、大した怪我じゃないから、心配は不要だ。アンドロメダ家の拳は、不殺活人の拳。人を傷つけたり殺したりするためのものではなく、自己の身を守り、人を助け、社会と人類の平和と幸福に貢献するための拳なのだ。まあ、本気になれば命を奪うこともできるんだが、カミュはわざと隙を作っているようにしか見えなかったので、私も本気になれなかった」
──という言葉のせいで。






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