「──おまえに、切羽詰った問題をひとつプレゼントしようか?」 「え?」 やっと、氷河が口を開く。 瞬が、『いったいどんな?』と、首をかしげながら尋ね返そうとした時には既に、氷河は瞬のすぐ目の前に立っていた。 部屋の明かりが氷河の影を暗く浮かびあがらせ、その影が瞬の全身を覆う。 そんなことをこれまで一度も思ったことがなかったのに、瞬は、一瞬、氷河を『恐い』と感じてしまったのだった。 瞬の首の後ろに氷河の手がまわされる。 氷河の突然の行動に驚く前に、瞬は、痛いほど乱暴に顔を仰向けにさせられ、その唇に氷河の唇を重ねられていた。 身体のバランスを失い、手摺りの向こうに倒れそうになった瞬の身体を、氷河の左手が受けとめ、そのまま自分の方に引き寄せる。 瞬は、自分が倒れてしまわないために、氷河の腕にしがみつかざるを得なくなった。 ──氷河のキスは、唇を重ねるだけでは終わらなかった。 瞬の口中に、彼の舌が入り込んでくる。 そして、それは、ただ呆然としているだけの瞬の舌に絡み、舐め、その唾液を吸いさえした。 そうされることが嫌だからというのではなく、ただ苦しくて──息の仕方がわからないことや、氷河の身体を包んでいる熱っぽい空気の中に取り込まれていくことが──瞬は、顔を横に背けようとした。 氷河に、髪の毛ごと首を掴まれている状態では、瞬の抵抗はほとんど意味を為さなかったし、氷河の唇は、逃げようとする瞬の唇を追いかけ、再び捕らえ、すぐにまた瞬の中を掻きまわし始めたのだが。 「ん……っ!」 瞬は、息ができなかった。 声を出そうとしても、氷河がそれを飲み込んでしまった。 身体を強張らせ息を止めていることに、やがて耐えきれなくなった瞬が、首と肩と、そして膝から力を抜く。 瞬の身体の重みをすべて引き受けることになった氷河の左手は、それでもびくともせず、むしろ逆に更に強く、瞬の身体を彼自身の方に引き寄せた。 「ああ……!」 それが声だったのか、溜め息だったのか、ともかく瞬が、その喉の奥からやっと声らしきものを吐き出すと、氷河の舌は瞬の舌の裏側を 一瞬、瞬の意識が薄れる。 倒れてしまわないために氷河の腕を掴んでいた指先からも、徐々に力が抜けていく。 あまりに長いキスに、瞬は気が遠くなりかけていた。 いっそこのまま意識を手離してしまおうかと、瞬が思った時だった。 瞬の身体を包み覆っていた熱い空気が、ふいに冷たく冷めてしまったのは。 氷河が、まるで突き飛ばすようにして、瞬の身体を離す。 バルコニーの手摺りに身体を支えさせることで、瞬はかろうじてその場に倒れずに済んだ。 意識は半ば失われかけているというのに、身体だけがせわしなく、肩で息をしている。 瞬は、立っているのが精一杯だった。 「この問題を解決してみろ」 つい先程まで情熱の塊りのようだった氷河の声は、今はひどく冷たい。 氷河は光を背にしているというのに、瞬には、だが、はっきりと見てとれていた。 ぎらぎらと、まるで憤怒としか思えない光をたたえている氷河の瞳の奥に、どうしても消し去れない悲しみのような、切なさのような何かが横たわっていることを。 その瞳に出合った途端、瞬はなぜか、ふいに声をあげて泣き出したいような衝動にかられてしまったのである。 「俺が、もう何年も解決できずにいた難問だ」 「ひょ……が……」 瞬が氷河の名を呼ぼうとした時には既に、氷河は瞬に背を向けていた。 そして、その場に瞬をひとり残して、瞬の部屋を出ていく。 「氷河……」 氷河の気配が遠ざかると、瞬は急に肩が寒くなった。 |