「え……」
驚いた瞬が恐る恐る顔をあげると、ずっと側で見たいと思っていた氷河の青い瞳が、すぐそこにあった。
それは泣きたくなるほどに綺麗な青い色の瞳で、瞬は、自分が初めて氷河に出会った時に泣き出してしまった訳がわかったような気がしたのである。
海の青、空の青、花の青。ありとあらゆる懐かしい青い色が、氷河の瞳の中には横たわっていた。

口もきけずにいる瞬を見て、自分の言った言葉を誤解されたと思ったのか、氷河がとってつけたように言う。
「俺の目じゃなくて、花のことだぞ」
瞬は、ぷるぷると幾度も横に首を振った。
「そんなことないよ! 氷河の方がずっと綺麗だもの!」

やっと間近で見ることのできた氷河の瞳。
忘れな草の花よりずっと鮮やかな青。
それは、瞬の正直な感想だった。

が、それは、氷河には、褒め言葉ではなかったらしい。
「あんまり嬉しくない」

氷河にぶっきらぼうにそう言われて、瞬は、背中に冷水をかけられたように冷静になった。
そして、瞬は突然、自分が“失礼な子供”だということを思い出したのである。
もうこれ以上、氷河に嫌われたくない。
そのために瞬にできることは、今すぐ氷河の前から姿を消すことだけだった。

「ご……ごめんなさい……!」
泣きそうな声で、やっとそれだけを言って、瞬は、氷河の前から駆け去ろうとした。
瞬のその手を、氷河の手が掴む。
「怒ってるんじゃないって」
「で……でも、あの……」

見あげた氷河の顔は、確かに、怒っているようには見えなかった。
そうではなく──彼はどう見ても、瞬の怯えた様子に困っていた。
だが、それでも氷河は、最も鬱陶しい仲間であるはずの自分を引き止めてくれた──のだ。

瞬は、ふと、期待してしまったのである。
もしかしたら、自分は氷河に嫌われているわけではないのかもしれない──と。
氷河にここで謝ったら、初対面の時の非礼を許してもらえるのではないか、と。

どちらにしても、事態は今以上に悪くなりようがない。
半ば破れかぶれで、瞬は大きな仕草で氷河に勢いよく頭を下げた。
「あの、ごめんなさい! 初めて会った時、僕、泣いちゃって……!」
「俺の目つきが悪かったんだろ」
「え?」

あっさり返ってきた氷河の返答に、瞬は虚を衝かれた格好になった。
慌てて大きく、今度は左右に首を振る。
「違うのか」
瞬のその仕草を見た氷河は意外そうにそう言って、肩をすくめた。

瞬は、今度は少しばかり呆けてしまったのである。
氷河の思いがけない当たりの柔らかさが、瞬を驚かせた。
氷河のその気安さに力づけられ、そして、瞬は思い切って尋ねてみたのである。

「あの……」
「なんだ」
「僕、氷河に嫌われてる……んだよね?」
「なんでだ」
「なんで……って、僕、女々しくて、すぐ泣くし、弱虫で毛虫だし──」
それは謙遜でも卑屈でもなく、ただの事実である。
事実だからこそ、話しているうちに、瞬の瞳には涙がにじみ始めていた。

「毛虫? なんだ、それは」
なぜここで毛虫が出てくるのか、氷河は合点がいかなかったらしい。
『泣き虫毛虫、はさんで捨てろ』は、瞬が一日に必ず一回は誰かに言われている囃し言葉だったのだが、氷河はそれを知らないらしい。

そう言えば、城戸邸に引き取られるまでは氷河は外国暮らしをしていたのだと、星矢が言っていた。
そんな氷河に、自分でもよくわかっていない泣き虫と毛虫の関係をどう説明すればいいのか──。
適当な言葉を思いつけなかった瞬は、結局再び顔を伏せることになってしまったのだった。






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