「泣いたっていいじゃないか」

氷河と仲良くなることは永遠に不可能なのではないかと、瞬が絶望しかけた時だった。
これまで、その逆のことばかり言われ続けていた瞬に、氷河がそう言ったのは。

「え?」
そんなことを言われたのは、瞬はそれが初めてだった。
咄嗟に氷河の言葉の意味を理解しきれずに、瞬は瞳を見開いた。

「泣くのは、別に悪いことじゃないだろ。泣くから弱虫なわけでもないだろうし」
「…………」
重ねて氷河にそう言われ、瞬の涙は、驚きのせいで止まってしまった。

瞬の涙が止まったことに安堵したような顔になり、氷河が言葉を続ける。
「大事なのはさ、泣いたあとに、ちゃんと笑えるってことだと思うぞ。それが本当に強いってことだと、俺は思う」
「氷河……」

その時の気持ちをどう言い表したらいいのか、瞬はずっと──聖闘士になってからも、わからなかった。
適当な言葉を、長い間見つけられずにいた。

それまで瞬に、そんなふうに言ってくれる人は、ただの一人もいなかったから。
もはや瞬の第一の友ともいえる涙を、そんなふうに肯定してくれる人間は。


いずれにしても。
氷河にそう言ってもらえた日から、瞬は変わったのである。
そして、その時から、城戸邸に集められた子供たちがそれぞれの修行地に送られるまでの短い日々が、幼い瞬にとっては最も幸福な時間だったかもしれない。

些細なことで涙する瞬に、他の仲間たちがうんざりした顔になっている時も、氷河だけは、そんな態度を見せずに瞬の側に来て、
「大丈夫か」
そう言って、手を差しのべてくれる。
氷河に気遣われ、そう尋ねられると、瞬は彼に笑い返さなければならないような気分になって、笑おうとする。

すると、本当に笑えるのだ。
瞬の涙混じりの笑顔に、氷河が笑い返してくれてくれると、瞬の涙はすぐに引っ込んだ。

氷河はもしかしたら、涙を消し去る魔法を使える魔法使いなのではないかとさえ、瞬は思ったのである。
実際、瞬にとって氷河は、綺麗で優しい魔法使いだった。






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