瞬は、最初のうちは、自分が氷河に避けられていることに気付いていなかった。
瞬がラウンジに入っていくと氷河がすぐに席を外してしまうことも、瞬が話しかけると、氷河が空返事だけを返して、他に話し相手を求めようとすることも、それはただの偶然で、たまたま悪いタイミングが重なっただけなのだと思っていた。
しかし、それも半月以上、毎日頻繁になると、ただの偶然だと思い続けるにも無理が生じてくる。

瞬には、氷河の言動の変化の原因に思い当たることがなかった。
氷河と瞬との間には衝突らしい衝突もなかったし、瞬は、子供の頃と同じに氷河が大好きだったのである。


自分が氷河に避けられていることに瞬が気付いてから、しばらく経ったある日のことだった。瞬は、ラウンジの床にB3サイズのジグソーパズルを広げて、星矢と二人、そのゲームに興じていた。
紫龍が二人の脇にあるソファに腰掛けていて、二人のミスに気付くたびに口を挟んでくる。

ちょうど室内に入ってきた氷河を仲間に入れようとして──それは、オーロラの風景写真のパズルだったので──瞬は彼に声をかけ、そして無視された。
その時、瞬の我慢の限界が訪れたのである。
一粒涙が零れたら、それはもう止まらなかった。

何が起こったわけでもないのに突然泣き出した瞬に驚いたのは、星矢たちである。
「瞬 !? 」
「瞬、どうしたんだ?」

『どうした』とは、瞬が氷河に言いたいセリフだった。
しかし、言えない。
そんなことを氷河に尋ねる勇気が、今の瞬にはなかった。
氷河に避けられているうちに、瞬は、氷河に出会う以前の 泣き虫なだけの瞬に戻ってしまっていたのだ。

「笑えない……僕、笑えなくなっちゃった……」
涙を浮かべた瞳で、瞬が氷河を見あげる。
氷河はと言えば、言葉もなく幾分顔を強張らせて、床にへたり込んで泣いている瞬を見おろしているばかりである。

氷河と瞬の間がぎこちなくなっていることには、星矢と紫龍も気付いていた。
「あーあ、氷河が泣かせたー。せんせに言ってやろ〜」
瞬の涙の訳を察した星矢が、どこの悪ガキかと思うような調子ではやし立て、紫龍は紫龍で、この手のいざこざに巻き込まれるのは御免と言わんばかりに、腰掛けていた椅子から立ちあがる。
「氷河のせいだな。どうにかしろ」


数分後、オーロラの色のピースが床に散らばるラウンジに残されたのは、氷河と瞬の二人だけだった。






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