星矢の怒声に追い出されるようにして、とりあえず、氷河と瞬は客間を出た。
が、それからどうすればいいのかがわからない。

長い廊下の端で、困惑しきった瞬は、独り言のように呟いた。
「星矢と絶交なんて、僕、困る……」

「む……」
こんな事態を招いた張本人としては、苦境にいる瞬を見捨てるわけにはいかない。
大きく嘆息してから、氷河は瞬に言った。
「二人で口裏を合わせよう。おまえの部屋でしばらく時間を潰して、その後で星矢には適当なことを言っておけばいい」

『瞬と視線を合わせないように、瞬を見る』という離れ業をしてのけながら、氷河は瞬に、事態の打開案を提示した。
瞬が、そんな氷河に、氷河とは対照的にまっすぐな視線を向けてくる。

瞬の視線に戸惑いつつ、氷河は上擦った声で弁解めいた言葉を口にした。
「な……何もしないぞ、俺は。だいいち、人に命令されて、そんなことをする奴がいるか。萎えるだけだ」

それに対する瞬の答えが、
「……星矢の命令でなかったら、そうしてくれる? 僕が頼んだら」
──である。
氷河はぎょっとした。

「せ……星矢の言うことは気にするな。あれは何もわかっていな──」
瞬の視線のまっすぐさ・・・・・に、氷河がしどろもどろになる。
それでも、瞬の視線は、まっすぐに氷河の上に据えられたままだった。

「僕……そのあとでちゃんと笑えるなら、泣いてもいいんだよって、そう言ってくれた氷河が、ずっとずっと好きだったよ」
「瞬……」

そんな子供の頃に、大した思慮もなく口にした戯言ざれごとで、瞬の心を手に入れられたというのなら、氷河は、子供の頃の自分を褒め倒してやりたいくらいだった。
だが、それとこれとは話が別である。

「いや、しかしだな」
「しかし、何?」
「う……」
問い掛けるような瞬の眼差しに出会って、氷河は、今更気取っても仕方がないということを、遅蒔きながらに悟ったのである。
そして、彼は正直になることにした。

「あー……。俺は、おまえに再会した頃からずっと──その、まあ、そういうことをしたいと思っていて、つまり、俺はもう随分長いこと、それを我慢し続けていたわけで、だから、もしおまえとそんなことをすることになったら、俺はきっとおまえにひどいことをして──泣かせる」
確かに、この手のことで、うまい婉曲的表現というものはなかなか出てこないものである。
指示代名詞を駆使して、氷河は何とか自分の煩悶の内容を瞬に伝えた。

瞬の返答は、実に簡潔。
「そのあとで、きっと僕、笑うから」

切なげに潤んだ瞳でそう言ってくる瞬に抗しきれる男がいたら、それは男ではない。
男だったとしても不能な男である。

氷河は健康体だった。
それも、必要以上に。






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