実際、瞬は、随分なことをされたのである。 「すまん、瞬。痛かったか? 大丈夫か? 動けるか? 生きてるか? 俺がわかるか?」 頬に残っていた瞬の涙を指で拭いながら、氷河が、気遣わしげな──というより、むしろ おろおろしているような口調で、瞬に尋ねてくる。 ほんの数分前まで、餓死寸前にまで飢えた狼が肉にかぶりつくようにして、瞬を攻めたてていた氷河が、突然、牙も持たない小犬になって、心配そうに鼻を鳴らし、ぐったりしている飼い主の手を舐めている──。 氷河の様子がそんなふうに見えて、瞬の口許には自然に微笑めいたものが刻まれた。 獲物の内臓まで食いちぎろうとしているような氷河に、自分はこのまま殺されるのかもしれないとさえ思っていたのに、今は瞬は、そんな氷河を『可愛い』と思っていた。 無論、言葉にしてしまうことはできなかったが。 瞬の身体は自分の意思では1ミリも動かせないほどに重く、特に下半身はほとんど感覚が失われていた。 身体の中をかき回されすぎたために、その部分が麻痺し痺れて、何も感じなくなりかけていた。 それでも、瞬は、なんとか氷河に笑い返すことができたのである。 その微笑が氷河に届いたのかどうかを確認する前に、瞬は、疲れと、安堵感と、これまでの睡眠不足のために、深い眠りの中に落ちてしまっていた。 多分、これからの自分は、氷河のどんな我儘も許してしまうだろう──。 それが瞬の記憶に残る最後の思考だった。 |