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瞬にとって“夜”が楽しい時間だったことはない。

夜の闇はいつも、瞬に不安を運んでくるだけのもの。
夜と眠りは不安と悲しみの象徴で、しかも、それは瞬の意思や努力では決して変えることのできないものだった。

太古の昔、海山で隔てられ交流のない世界各地に似通った太陽信仰が興ったのは、夜が訪れるたびに人々が、太陽が再び空に姿を現すことがないのではないかという不安を抱いたからだったろう。
それは、地域や気候の違いに関係なく、人類に共通した不安だったのだ。
だが、人は、幾度も新しい朝を迎えているうちに、やがてその不安を忘れ去る。

しかし、瞬は、幾千の朝を経験しても、闇が作る不安を忘れてしまうことができなかった。
幾つになっても、夜は、瞬に不安を運んでくるものであり続けた。
その不安は、太陽が失われるかもしれないという不安とは別の形をとって、瞬の心を苛み、瞬の眠りを妨げ続けたのである。

両親が消えてしまったように、兄や仲間たちが、夜のうちに消えていなくなったりはしないか。
明日、アテナの聖闘士たちは生き延びることができるのか。
明日は、敵の手にかかって仲間たちが傷付き倒れる日になるのではないか。
明日は、新しい闘いが始まる日になるのではないか──。

瞬はいつも不安のためになかなか寝つけなかった。
眠りに就いて自分の意識を手放すことを恐ろしく、また、たとえ眠ろうと思っても、不安が瞬の心臓を波打たせ、目を冴えさせる。

何か悲しく辛いことが起きそうで、朝が来るのが恐い。
明日が来るのが恐い。
瞬の眠りと瞬の夜は、そんな不安だけでできていたのである。
──昨日までは。


今夜は、しかし、これまでの夜とは少し違う。
目が冴えて眠れないのは、昨日までと同じ。
夜の闇の中で、心臓が騒がしく脈打つのも、昨夜と変わらない。
明日、何が起こるのか、それがわからないのも同じだった。

だが、今夜は、何もかもがこれまでの夜とは違っていた。
瞬は幾度も自分の胸に手を当てて、騒ぎ続ける鼓動を静めようと試みたが、すべては徒労に終わった。






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