「瞬、朝メシを食わないつもりか?」 ダイニングルームから逃げ出した瞬は、城戸邸の東側の一画にあるバラ園にいた。 昨日、氷河と瞬が数年前の約束を果たした小さなバラ園には、英国風のバラのアーチがあって、白いビロードのような花びらでできた花と緑の茎葉とが、やがて訪れるであろう夏を前に、涼しげな小景を作っている。 「あ、うん……ううん……」 肯定とも否定ともつかない──そもそも何に対しての返答なのかが瞬自身にもわかっていないような答えを、瞬は氷河に返した。 そうして、再び頬を染めかけた瞬は、だが、ふと思い直したように氷河に尋ねたのである。 「氷河も、僕のせいで寝不足?」 「いや」 氷河の否定を、瞬は言葉通りに受け取らなかった。 申し訳なさそうに、顔を俯かせる。 「ごめんね……。あの……夕べだけじゃなく、これまでも。星矢の言う通りだよ。僕はいつも──今日は無事だったけど、明日は誰かが怪我をするんじゃないか、命を落とすんじゃないか……って、いつも不安だったんだ」 『俺はおまえが好きだ』と一言告げられたくらいのことで、なぜこれほど急に氷河との親密さが増したような気になるのか、瞬にはわからなかった。 「アンドロメダ島を出発する日の前の晩も、生きて日本に帰れるってことより、聖衣を手に入れたってことより、みんなや兄さんに会えるってことより、誰かに会えないことの方が不安で眠れなかった。だから──」 こんなことを、瞬はこれまで誰にも言ったことはなかった。 言われた方もあまりいい気持ちはしないだろうし、何よりそれは、言葉にすれば解消されるような類の不安ではなかったから。 「だから、僕、夕べみたいな夜は初めてだった。夕べは、何て言うか──明日からはきっといいことしか起こらない! って、そんなふうな気分だったんだ。氷河が──」 これまで誰にも言えずにいたことを口にしてしまえるのは、瞬が、今は、その不安を感じていないからだった。 そんな不安の入り込む余地が、今の瞬には存在しなかったのだ。 「氷河が僕を好きだって言ってくれたから」 ──ただそれだけのことで。 |