「バスルームは、それぞれの部屋に続き部屋になってついてますから、好きな時に使ってくださいね。食事は、朝は7時、昼は12時、夜は7時から、1階のダイニングルームで──」
「アテナの聖闘士様方は、結構な暮らしをしているわけだ。デスクィーン島での生活とは大違いだな」
案内された部屋のベッドに乱暴に腰をおろすと同時に、ブラックアンドロメダは皮肉な口調で、瞬の説明を遮った。

瞬が再び、ブラックアンドロメダの前で言葉を失う。
どんな言葉を用いても、自分は彼の心をささくれだたせることしかできないような気がして、瞬は困惑した。

あれから、紫龍が聖域の沙織に問い合わせたところ、アテナから伝えられたのは、ブラックアンドロメダは、アテナに帰順したわけでも何でもなく、未だにアテナとアテナの聖闘士たちに敵愾心を抱いているという事実だった。
復讐のためだったのか、あるいはただ闇雲にだったのか、ともかくブラックアンドロメダは聖域に潜入し、捕らえられ、そしてアテナは今回の処置に及んだという。

『あなたの力では、私を倒すことは到底無理なことよ。でも、私の聖闘士たちをなら倒すこともできるかもしれない。日本の城戸の家にお行きなさい。そこで、あなたのしたいことをすればいいわ』
沙織は、彼にそう言ったのだそうだった。

「俺はアテナに、おまえらを好きなようにブッ倒していいと言われたぞ。てめぇらのアテナも薄情なもんだよな。自分さえ安全なら、それでいいんだとよ」
「沙織さんらしい……」

沙織が何を意図して、ブラックアンドロメダを彼女の聖闘士の許に送り込んだのか、瞬にはわかるような気がした。
彼女は期待したのだ。
彼女の聖闘士たちに接することで、ブラックアンドロメダが変わることを。
自暴自棄に皮肉な言葉しか吐けなくなっている彼女の・・・聖闘士が、そこで何かを見付け、幸福になってくれることを。

それならば、アテナの聖闘士である瞬は、アテナの指示に従うだけだった。
「わからないことがあったら、いつでも訊いてください」
「ご親切にどーも」
ブラックアンドロメダが、いかにも気が乗らない風情を全身に漂わせて、ぶっきらぼうな答えを返してくる。

それから彼は、ふと思いついたような軽い口調で、瞬に言った。
横目で、瞬の様子を窺いながら。
「ああ、そういや、キグナスがさっき、瞬は人に親切顔をしたがる偽善者だから、うまく利用しろとか言っていたな。せいぜい世話になることにするよ。さしあたって、明日、朝飯に間に合うように俺を起こしに来てくれ。ギリシャからの長旅のあとで、こっちは疲れてるんだ」

ブラックアンドロメダのその言葉を聞いた瞬が、途端に、ぱっと瞳を輝かせる。
「うん! はい、じゃあ、7時ちょっと前に起こしに来ますね!」

それまでの、どちらかと言えば腫れ物に触るような態度と口調を一変させ、瞬のそれは極めて明朗なものだった。
そして、そのまま、軽い足取りで新しい仲間の部屋を出ていく。

その場にひとり残されたブラックアンドロメダは、瞬の変化の訳がまるで理解できずにいた。
ブラックアンドロメダは、瞬を不快にするために、その作り事を口にしたつもりだったのである。
仲間に偽善者と言われて、喜ぶ人間の気が知れない。

事情が飲み込めず、彼は、ひたすら呆けるばかりだった。






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