「彼、もしかしたら、僕を傷付けたかったのかもしれないね……」 そうすることでしか自身を保つことができないほどに、ブラックアンドロメダは生き延びてしまった自分自身に苦しんでいるのかもしれない。 そんなことにも気付かずにいた自分自身の迂闊さを、瞬は悔やんだ。 「嘘や皮肉を投げつけて、他人を傷付け落ち込ませて、溜飲をさげて──それで他人を苦しめても、自分は幸福になれないことを知らない馬鹿な奴だ。もう、あんな奴のことは放っておけ」 「でも、すごくすごく辛そうに見えるんだ。僕……気の毒で見ていられない」 彼をそんなところまで追い詰めたのは、自分と自分の兄なのである。 放っておくことなど、できるわけがなかった。 「そんなセリフは、奴には言わない方がいいぞ」 肩を落とし、瞼を伏せてしまった瞬に、だが、氷河は首を横に振った。 「え?」 「おまえが奴に同情するのは、奴に対する自分の優位を誇示するようなもので──」 「優位?」 「あー、つまり、自分の幸せを誇るようなもので……更に反発を招くだけだ」 「あ……そっか。苦しんでる人をもっと傷付けることになるんだね。じゃあ、頑張れって、応援してあげるのがいいのかな」 「──何もしないのがいちばんだな。おまえは幸せすぎる」 自分が幸せでいることを悪いことのように言われて、瞬は戸惑い、氷河の顔を見あげた。 その視線を受けた氷河が、嘆息のように吐息する。 「誰かを傷付けたいと思っている奴は、自分の人生の目的を見付けられずに迷っている奴だ。だから、そういうものを持っている人間を妬ましく思って、そういうネガティブな行動に出る」 「人生の……生きる目的──?」 瞬にも、それを見失っていた時期があった。 ほとんど忘れかけていた過去のその時間に思いを馳せることで、瞬は、氷河の言葉の意味を理解した。 「惚れた相手でもできればいいんだがな。そうすれば、その相手に夢中になって、他人を憎んだり妬んだりしている暇はなくなる。惚れた相手を幸せにするのに手一杯になって」 自分がそうだと言うかのように、氷河は、瞬の頬に手を伸ばし、触れた。 「まあ、惚れた相手は無理でも、奴も、いつかは、他人を傷付けること以外で自分を幸せにする手段を見付けるだろう。そうしたら、無駄に頭を使って嘘を捏造している暇もなくなる。おまえは、その時が来ることを祈ってやっていればいい」 氷河はそろそろ、自分たち二人に関わりのない人間の話は切り上げてしまいたかった。 が、瞬は、氷河に抱きしめられても、その話をやめない。 「僕は、彼に何もしてあげられないの」 「何もしてやれない無力感に耐えることをしてやってるじゃないか」 「…………」 それは何もしていないことと同じだと、瞬は反論しようとした──らしい。 氷河は、機先を制して、瞬の唇を自分の唇でふさいだ。 「生きていく目的が見付かって、それを実現することが、自分のプライドより大事になったら、奴も助力を求めてくるさ。それまでは、俺たちにできることはない」 瞬を、罪悪感と無力感に支配されている 「目的を見付けることだけは、自力でしなきゃならないからな。その前に第三者があれこれ口を挟むのは、おせっかいというものだろう」 戒めるようにそう言いながら、氷河の手は瞬の身体に悪さをし始めている。 それでも、あくまで真顔を保って、氷河は、瞬に“正しい結論”を突きつけた。 「奴の強さを信じてやるのが、おまえにできる唯一のことだ」 氷河のキスと愛撫に説得されてしまったわけではないだろうが、氷河の下で、瞬はこくりと小さく頷いた。 |