「──で、瞬は、おまえの強さを信じて、おまえがおまえの人生の目的を見付ける時を待つことにすると言っていた。瞬がおまえに気遣いの言葉をかけなくなっても、それは、おまえの垂れ流すデマに呆れ果てて、おまえを見捨てたわけじゃないから、それだけは心得ておけ」 氷河がわざわざブラックアンドロメダの許に赴いて、そんなことを伝えたのは、瞬がそうすると決めた経緯を、ブラックアンドロメダに正しく認識させておくためだった。 そうしておかないと、この暗黒聖闘士の生き残りは、瞬に見捨てられた不幸を喜び、それを逆手にとって瞬を傷付けるための材料にしかねない。 氷河は、それを避けたかったのである。 「俺を信じて待つだとっ !? ば……馬鹿にしてるのかっ!」 「おまえを馬鹿にしてるわけじゃない。瞬の方が馬鹿なんだ。おまえみたいな姑息な小悪党、放っておけばいいのに……。まあ、幸せな人間は大抵馬鹿なもんだからな」 案の定、不幸になり損ねたブラックアンドロメダは、いきり立って室内に怒声を響かせた。 実際、自分が憎悪を向けている相手に理解や親切心を示されること以上の侮辱はないだろう。 ブラックアンドロメダの気持ちはわからないでもなかったのだが、そうされることを侮辱と感じる立場に我が身を置いているのは、他ならぬブラックアンドロメダ自身なのだから、氷河は彼に同情する気にはならなかった。 「幸せな人間に、不幸な人間が勝てるわけがないだろう。俺と瞬は世界一の大馬鹿者だ。利口者の理屈が通じるはずがない」 「その割りに、おまえはスレてるじゃないか」 「馬鹿になる前の利口さが少しは残ってるんでな」 泰然と言ってのける氷河に、ブラックアンドロメダはぎりぎりと歯噛みをした。 その様を見て、氷河が軽く肩をすくめる。 「おまえ、もう少し利口になったらどうだ。素直に瞬に甘えていけば、瞬は喜んで、せっせとおまえの面倒を見てくれるのに」 「俺がおめでたい馬鹿になりさがる時を、信じて待っててくれるんじゃなかったのかよ !? 」 「馬鹿になるには、賢さが必要なんだよ。今のおまえは俺や瞬より馬鹿だ。いわゆる、正真正銘・証明不要・天上天下唯我独尊・不純物皆無・純度100パーセントの馬鹿だな」 自分は馬鹿だと主張する男に、しつこいほど念の入った形容を用いて馬鹿にされ、ブラックアンドロメダの堪忍袋の緒が切れる。 「貴様等に何がわかるっていうんだ! 貴様等は、たまたま勝つ方についただけだ! 貴様等は正しかったわけじゃない、ただ運がよかっただけなんだ!」 馬鹿を相手にクールな態度でいられる人間は、その馬鹿以上に馬鹿でなければならない。 ブラックアンドロメダは、残念ながら、そこまでの馬鹿ではなかった──不幸なことに。 「ああ、俺は確かに馬鹿だよ! 仲間を殺されて一輝様も死んで、だから、せめて、死んでいった奴等の無念をアテナにぶちまけて、アテナに殺されてやろうと思って、決死の覚悟で聖域に乗り込んでいったら、一輝様は俺たちのことなんざすっかり忘れて、アテナ側に寝返ってるし、アテナはアテナで、地上の平和のために俺に力を貸してくれときた! 馬鹿にするのもいい加減にしろ! 死んでいった奴等のことを考えたら、俺にそんなことができるわけがないだろう! なのに──」 ブラックアンドロメダは、それが悔しく悲しかったのである。 仲間たちのためにしたつもりだったことが、すべては自分のひとりよがりで、空回りにすぎなかった──という事実が。 一輝の転身は、ブラックアンドロメダにとっては裏切りでしかなかったし、アテナの温情は、ブラックアンドロメダにとっては屈辱でしかなかった。 失われた仲間たちへの惜別の情と、それを自分から奪った者たちへの憎悪だけを糧にして生き延びてきた者には、それは、『おまえの存在は無意味だ』と宣告されてしまったようなものだったのだ。 |