氷河が、ブラックアンドロメダの前で、幾度目かの嘆息を漏らす。 そして、彼は、渋々口を開いた。 「あったさ。殺生谷で一輝が死んだ時には、こんな運命も一輝のいなくなった世界そのものも呪ってやるとまで、瞬は言った」 氷河は、その時のことを、あまり思い出したくなかった。 氷河の思い出したくない昔話を聞かされたブラックアンドロメダが、虚を衝かれた格好で、一瞬息を飲む。 不幸など知らない子供のような目をした瞬が、そんな激しい言葉を吐いたことがあったなどという話は、ブラックアンドロメダには にわかには信じ難いものだったのである。 しかし、今のブラックアンドロメダには、人の優しさよりも憎悪の方が理解しやすかった。 そして、世界を呪おうとした かつての瞬の心情は、ブラックアンドロメダにはひどく身近に感じられるものだった。 おそらく、同じ日同じ時刻に、ブラックアンドロメダ自身も、瞬と全く同じ気持ちでいたのだから。 少し──ほんの少しだけ、瞬への憤りが 「ま、渡りに船とばかりに、そんな考え方は自分を不幸にするだけだと、俺が一晩がかりで説得してやったが」 いったいギグナスはアンドロメダにどういう方法を用いて説得したのか──。 いちばんの悪党が誰なのか、事ここに至って、ブラックアンドロメダは初めてわかったような気がした。 「アンドロメダの傷心につけ込んだのか、この卑怯者!」 自分が他人を卑怯者呼ばわりできる立場にはないことを忘れて、ブラックアンドロメダは氷河を糾弾した。 が、氷河は全く動じた様子を見せない。 「幸せになる前には、俺も利口だったと言ったろう。今はもうできない、あんなことは。あんな瞬も二度と見たくないし、な」 そうして瞬を手に入れて、氷河は“馬鹿”になったのだ。 「幸せな人間は、神経が鈍くなってるから、おまえの嫌味や皮肉にも気付かない。傷付けようとする方が、逆に辛い思いをすることになる。そんな愚かな真似はやめた方がいい。瞬はおまえに幸せになってほしいと思ってるし、それは俺も同じだ」 「アテナの聖闘士様は綺麗事がお好きなようだ」 こんな悪党の言うことが信じられるかと、小悪党のブラックアンドロメダは、氷河の言葉を鼻で笑ってみせた。 「綺麗事じゃない」 氷河が、僅かに首を横に振る。 「これは、俺も、瞬と一緒にいられるようになってから知ったことなんだが、本当に惚れた相手ができると、人は他人を憎むことができなくなるんだ」 「アンドロメダ以外の人間はどうでもいいってことか」 ブラックアンドロメダの皮肉に、氷河は、ブラックアンドロメダの気が抜けるほどあっさりと頷いてみせた。 「その通りだ。どうでもいい相手なら、みんなめでたい状態でいてくれた方がいい」 本当にめでたそうな顔をして言ってのける氷河に、ブラックアンドロメダは、どうしても一矢報いてやらなければ気が済まない気分にさせられた。 |