今日も、闘いを一つ終えた瞬は、その言葉を呟いた。
「綺麗ごとの夢だと思う? ねえ、そうなのかな?」

季節はいつのまにか移り変わり、闘いの意味も考えずに闘っていられた熱狂の夏は終わっていた。
庭に向かって開け放たれた窓は、秋の夜の涼しい風と透き通った虫の音とを、瞬の部屋に招き入れている。
真夏の熱を冷まし、人を冷静にするだけなら、俺も、秋という季節はそんなに嫌いではない。だが、こんな夜は、瞬を弱く感傷的にするから──俺はこの季節が嫌だった。

「なんだ? また、どこぞの誰かに偽善者呼ばわりでもされたのか?」
「…………」
瞬は、俺の問いに答えない。
俺の推察は、どうやら当たっていたらしい。
それこそが瞬だということはわかっているのに、俺は瞬の沈黙に微かな苛立ちを覚えた。
瞬を理解しようとしない者の言葉を、いちいち真に受けてみせる瞬に。

「圧倒的優位に立ちながら、敵に向かって、『アナタを傷付けたくない』なんて言ったりするからだ。屈辱感にまみれた敵は、せめて言葉でおまえを傷付けたいと思うに決まってるじゃないか」
闘いの場で、敵に拳を向けながら、そんなことを言うのは強者の驕りだと。
叶わない綺麗な夢を平気で口にする者は、腹黒い偽善者だと。
そう言うだろう。瞬の苦しみを理解せず、瞬を傷付けたがる者たちは。

「そう言われるのは仕方がない。おまえは、人を傷付けるのが嫌だと言いながら、結局闘っている。おまけに勝つ。本当に人を傷付けたくないのなら、おまえは闘うべきじゃない。無抵抗主義のガンジーみたいにな、殴られても蹴られても殺されても、拳を引いているべきなんだ。そうすれば、おまえは、闘いから逃げる臆病者・卑怯者と言われることはあっても、偽善者と呼ばれることはなくなる」

瞬が、辛そうな目をして、俺を見あげる。
わかってる。
瞬は、本当は、臆病者と呼ばれたいんだ。
俺や星矢たち──瞬の仲間たちさえ いなかったなら。

「傷付いたか?」
「…………」
瞬はやはり無言で──何も答えなかった。
辛いと思ってはいても、瞬は俺の言葉に傷付いてはいないのだろう。
それは紛う方なき事実なのだから。
俺は、どちらにしても瞬が傷付くのなら、瞬を理解していない者ではなく、瞬を理解している者のせいで瞬を傷付けてやりたいと思っただけだったんだが──どうやら、俺は瞬をそうしてやることはできなかったらしい。

「──おまえを偽善者と呼ぶ奴は、そいつ自身が裏表のある腹黒い偽善者だからだ。自分がそうだから、他人もそうだと考える。そうでない人間が存在することを理解できないし、認められない。それは、自分の醜さを認めることだから。そんな哀れな奴等のことなど、おまえが気にすることはない」

軽く聞き流せば慰めの言葉にも取れるはずのその言葉にも、瞬は辛そうに顔を歪めるだけだった。
そんな言葉を瞬が喜ばないことくらい、俺は知ってる。
案の定、瞬は、
「氷河は僕に甘すぎ」
そう言って、感情の伴わない微笑を作った。

そんなふうに──他人を卑俗な輩と思うことで、自分を正しいと思おうとするほど、瞬は卑怯でもなければ、高慢でもない。
わかってる。それくらい。






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