「母親は、権利で子供の側にいるんじゃないと思う。義務でもない。現実には、自分の子を捨てて母親でいることを放棄する人もいるんだから」
「義務でも権利でもなく──じゃあ、何だ」
俺の唇に唇でじゃれていた瞬は、その遊びを中断し、少し考え込む様子を見せてから、首をかしげながら答えた。

「必要だから……かな。だって、母親は、愛する子供がいて初めて母親でいられるんだもの。母親でいようと思ったら、子供が必要だよ」

それでは母親の愛情は、ただの我儘ということになってしまう。
簡単に自分の命を懸けることができ、形ある報いを求めることもない我儘、ということに。
確かに──俺が瞬の母親になりたいと思うのは、我儘以外の何ものでもなかったが。

瞬が俺にそんなことを言ったのは──つまり、瞬は、俺に自分の母親にはなってもらいたくないのだろう。
瞬はまた、俺の髪に指を──両手の指を絡めてきた。
そして、言った。
「ごめんね。泣き言言って。僕、ちゃんと知ってるのに。他の誰がわかってくれなくても、僕のこと、氷河たちはわかってくれてる。だから、誰に何て言われたって、僕は大丈夫なんだ」

「……おまえには、俺が必要か?」
「うん。母親としてじゃなく、氷河として、だけど」
「必要じゃなくなったら?」
俺が怖れているのは、その時の到来だ。
俺にとって瞬は、聖母を兼ねた恋人だったから。
そう。
俺が怖れているのは、俺にとってそういうものである瞬を失うことなんだ。

「そんな時がくるのかな? 僕に氷河が必要でなくなる時、なんて」
俺の懸念を訝るように、何かを確かめるように、瞬が俺の目を見詰める。
瞬のその瞳は、やがて、不思議に温かい色を帯び始めた。
瞬は、答えに──嬉しい確信に──辿り着いたらしい。
「きっとそんな時はこないよ。僕に、氷河たち・・が必要でなくなる時なんて」
『たち』を、瞬は、意識して小さな声で言った。
多分、俺の我儘な部分に気を遣って。

その時に、俺はやっと気付いたんだ。
俺は永遠に瞬の恋人でいることはできないかもしれないが(そうあることを望んではいるが、人の心や立場は変わるものだ)、おそらく、永遠に瞬の“仲間”でいることはできるんだ、と。
母親が母親でいるために子供を必要とするように、瞬が瞬自身でいるために、瞬は、その苦悩を理解し認めてくれる“仲間”を必要としているから。
だから、俺が瞬の母親になる必要は、ない。

「そうか……そうだな。俺はただの俺でいてよくて、俺にはおまえの母親という肩書きは必要ない」
「うん」
叶わない夢は、叶わないままでいいのだろう。
叶わない方がいい夢も、人の人生には存在する。


「ところで、瞬」
「なに?」
「そろそろ入れてもいいか、おまえのここ」
俺は一応、表情では、切羽詰っている状況を隠そうとした。
が、俺の手は、瞬の許可を得る前に、勝手に瞬の脚を開き、瞬に俺を受け入れるための態勢をとらせていた。

あられもない格好をさせられた瞬が、小さく嘆息する。
それから瞬は、まもなく受けとめることになるだろう衝撃に身構えるように爪先に力を入れ、
「氷河は、絶対に僕のマーマにはなれないような気がする……」
と、ぼやいた。

「なれなくていい。もう」
そう言って、俺は瞬の中に入っていった。






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