そういったことを、氷河は、この星の言葉を覚えるより先に、一般的な知識として心得ていた。
──のだが。

外宇宙航路用の空港に降り立ち、氷河のカードの入国処理等の手続きを行なっていた20代半ばの空港事務員の緑色の髪が、自分の目の前で、わずか2、3分の間に漆黒に変化する様を見せられた氷河は、やはり驚かないわけにはいかなかった。

これが噂に聞くゲゼル人のOKサインかと、氷河は、その方面では全く興奮を覚えずに、純粋に驚いた。
つまり、“彼女”は、氷河を男性として認め、そのしるしを示してみせたわけである。
氷河は、地球に生まれ育った地球人の男性である。
氷河の性は変化することがないので、当然のことながら、“彼女”は女性に変化した。

身長こそ変わることはなかったが、子供のようにかっちりとした単純な線で描かれていたその肩のラインは、氷河の前で丸みを帯び、頬はやわらかさを増し、そして、“彼女”は瞳に媚びを見え隠れさせ始めた。
大概のゲゼル人がそうであるように、肩の上までの長さを有した黒髪を、“彼女”が氷河の目の前で意味ありげに揺らしてみせる。
氷河は、“彼女”に苦笑を返すことしかできなかった。

この星には染髪剤というものがないのだそうだった。
どんな染料をもってしても、髪の色を染め変えることは不可能──つまり、心を偽ることは不可能なのである。
もっとも、彼等がその髪の色の変化で示すものは、“心”と言うよりは、“生殖の意図”とでも言うべきものだったろう。
そして、“恋”と言うよりは、“彼(または彼女)となら子供を作ってもいいという意思の現れ”にすぎない。

フィーリングが合ったなら すぐにベッドインし、その意思の消失もわかる。
複数の相手にその意思を抱いていることがあったとしたら、それも明白であり、隠すことはできない。
彼等は、“恋”に関して嘘をつくことはできず、また、その必要もないのだ。

ゲゼルの人々は、もともと、志願して選ばれた優秀な科学者たちの子孫である。
その上、恋に悩むことがないせいか、彼等は概して頭がいい。
彼等は、髪の色が白色から緑色に変わった最初の誕生日、もしくは、16歳になると選挙権が与えられ、成人として認められる。






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