──そういったことは、事前に知っていたのだ。
しかし、知っていることと、実際に自分の目で見ることは、全く別の行為である。

氷河は、“彼女”の変化の早さに呆れ驚き、それから、苦く笑った。
彼女は氷河と一言の言葉さえ交わしていなかったのに、女性に変化してみせた。
ゲゼル人の“OKサイン”とは、つまり、そういうものなのだと、氷河は了解した。

氷河が了解した内容は、ほぼ正しかったらしい。
空港のターミナルビルでは、現在特定のパートナーがいないらしい緑色の髪のゲゼル人だけではなく、たとえば既に赤い髪をしているにも関わらず、氷河の姿を見た途端に、その髪の色を黒く変化させる者もいた。
ゲゼル人の無性から有性への変化とは、そういうもの──その程度のものなのだ。

「地球人相手の場合は、対峙する者の性が固定なので、特に変化が早いんですよ。相手の男性性と女性性のどちらに価値を感じるかの判断に迷う必要がないですから」
氷河を これから1年間彼のオフィスとなるビルに案内してくれた男は、その眼差しに少々羨望の色をたたえて、そう説明してくれた。

氷河がこの星にやってきたのは、2年程前にゲゼルで発見された新しい地下資源の地球輸入のルートとレートを構築するためだった。
地球とゲゼル星間に締結されている通商条約に従って、新資源の精製加工はゲゼル星で行なうことになるため、新事業を始める際には、2つの星の間で細かい条件を出し合った上での契約が必要になる。
いずれは適正な代償と共に民間企業に経営権を譲ることにはなるだろうが、それは、現在はゲゼル・地球両星の政府管掌の事業であり、氷河は、地球側の産業交易省の現地監督者として、事務次官の肩書きでこの星にやってきたのである。
滞在予定期間は1年。

氷河を案内してくれたのは、氷河より半年前に、今回の事業計画の先発隊としてゲゼルに赴任していた30代半ばの地球人の男性だった。
氷河より年上で、その分実務経験も氷河より長いのだが、命令系統の上では彼は氷河の部下ということになる。
もっとも、それは、彼が技官で、氷河のように事務官・管理職向きの遺伝子から作られた人間ではないというだけのことであり、彼に才能がないわけでも、彼が特に怠惰なわけでもないはずだった。

「地球人とゲゼル人の間でセックスは可能なのか」
「もちろんです。ゲゼル人はもともとは地球人ですし、彼等は必要に応じて地球人の男性か女性かに分化するだけですから。地球人の肉体や生理は、千年前と全く変わっていませんしね」

氷河のために用意されたオフィスは、ゲゼル星の首都の行政機関が集中している区域内に建つビルの中にあった。
ビルの上階が官舎を兼ねていて、そこに氷河の地位にふさわしい部屋が用意されているはずだった。
氷河はゲゼル星に来たのはこれが初めてだったが、ゲゼルの生活習慣は地球のそれと大して変わらないはずなので、家具や器具の使い方に戸惑うこともないだろうと、彼は踏んでいた。
その推察は当たった──のだが。

問題は、仕事や生活の環境ではなく、共に仕事をする者たちの生理の方だった。






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