氷河のゲゼル星赴任初日は、会う者会う者が彼の目の前で髪の色を黒く変化させる様に驚き呆れることで、過ぎていった。
民間人ならともかく行政官までが、オフィス内で髪の色を変えるという芸当を見せてくれるゲゼル星での仕事は少々やりにくいことになりそうだと、軽い懸念は覚えたのだが、自分がその気にならなければ、特に問題も起きないだろうと、氷河はたかを括っていた。

氷河の軽い懸念が深刻な問題に変わったのは、赴任2日目のこと。
氷河は、事前に、仕事の秘書兼パートナーとして、ゲゼルの事情に通じた者──つまりはこの星の住人を一人提供してほしいとゲゼル政府に要請していた。
ゲゼル側は、その要請をれて、おそらくは相当に優秀な人材を氷河の許に派遣してくれた──のだが。
最初の顔合わせで、“彼”は“彼女”に変化してしまったのである。
その途端に、氷河のオフィスの雰囲気は、彼にとって、ひどく息苦しいものに変わった。

「俺のパートナーには、俺を見ても緑色の髪のままでいる人間がいい。仕事中にずっと発情されていたのではかなわない」
ゲゼルの行政部門に繋がっているコンピュータ端末に代替要員の申請を出しながら、氷河は、様子見に来てくれた昨日の技官にぼやいた。
技官が、少々意気消沈のていで、氷河に肩をすくめてみせる。
「そんなゲゼル人は、子供を作る能力がなくなった老人くらいのものかもしれませんよ。次官は、若く健康で有能な上にいい男ですから。私からすると羨ましい悩みですがね。私がこの星に来てから、私の前で髪の色を変えてくれたゲゼル人など一人もいません。この星の人間は、そりゃもう、残酷なくらい正直で──」

もしかしたら彼は、氷河がこの星にやってくるまで、ゲゼル人の正直さを、自分は違う星の住人だから彼等の好みに合わないだけなのだと考えて、自身を慰めていたのかもしれない。
その自慰の根拠が、氷河の登場によって無効になってしまったのである。
彼の落胆は致し方ないものだったかもしれない。

だが、氷河にとって、それは、誇れることでも楽しいことでもなかったのである。
氷河が廊下を歩くたび、黒髪になったゲゼル人が露骨な流し目を送ってくる。
それは結構なことではあるし、特に実害もないのだが、黒髪に変化した後に彼等の発する雰囲気は、氷河にはあまり心地良いものではなかった。
60歳に手が届こうという年齢のゲゼル人に、目の前で黒髪になられた時には、さすがの氷河も地球に逃げ帰りたくなってしまったのである。

技官の忠告通り、氷河は、いっそ矍鑠かくしゃくとした老人を秘書にと考えて始めていたのだが、それも期待通りの結果は得られないような気がして、彼は暗澹たる気分になった。

氷河の希望に適った人材を求めて、リトマス試験紙のテストのような面接を幾度も繰り返し、 最終的に残ったのが、瞬だった。

氷河と二人きりで30分以上面談を続けても、瞬の髪は緑色のまま変化を見せなかった。
カメレオンのように身体の色を変えてみせるゲゼル人たちに、最初は驚き、次には悦に入り、最後にはうんざりしていた氷河は、やっと希望通りのパートナーを手に入れた時、激しい落胆を覚えることになった。

氷河に出会っても、何の変化も示さない初めてのゲゼル人──瞬──は、非常に氷河の好みのタイプだったのである。






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