そうして、半年。
氷河は、有能かつ真面目な子供である瞬と親しみを増し、仕事抜きで食事をしたり、また、多少はくだけた会話を交わすこともできるようになっていた。

そんなある夜のこと、夕食を誘ったレストランで、氷河は思い切って瞬に尋ねてみたのである。
「俺は、そんなにセックスアピールに欠けているか」
「はい?」
「いや、もう半年も一緒に仕事をしているのに、一向におまえの髪が黒く変わる気配がないから」

氷河の問い掛けを、瞬がどう思ったのかは、氷河にはわからなかった。
それは、自信過剰な自惚れ屋の言葉と取られても仕方のないような問い掛けだったのだが、瞬は特に不快の感情を露わにするようなことはなく──ただ、ほのかに微笑んだ。
「氷河にそういう魅力がないということはないと思いますよ。このビルで、氷河の側に緑色の髪の人間を見付けることはとても困難ですから」
一人いつもすぐに見付かるじゃないかと、氷河は瞬を恨みがましげに一瞥した。

肝心の瞬が全く氷河に反応しないというのに、他のゲゼル人たちはあまりにも簡単に、氷河の前で無性から有性に変化する。
それが、今では氷河の癪の種になっていた。

彼等は、氷河の人となりを知らなくても、それどころか言葉を交わすことすらせずに、極めて安直に、その髪を漆黒に変化させる。
彼等の変化は、つまり、氷河の人格や才能を認めた上でのことではないのだ。
無論、氷河は自身をそれほど立派な人格者と思っていたわけではなかったが、それでも、あまりに安易に外見と性的魅力にのみ反応し、それを恥じる様子も見せないゲゼル人たちに、彼は胡散臭いものを感じずにはいられなかった。

初対面の印象、その際に感じる直感というものは、人と人とのその後の付き合いに、なるほど大きな意味を持つものではあるかもしれない。
それでも、である。
氷河は、これまで、恋愛感情を人生のファクターとしてさほど重要なものと思ったことはなかったが、ここまで心不在で外面的要素だけを露骨に求められると、氷河の心は一層醒めていってしまうのだった。

「たまに、お相手してあげればいいのに。氷河が誰とも付き合う気配を見せないので、みんな焦れてるようですよ。地球人は性的な欲望や自分の遺伝子を後世に残そうという意欲が減退しつつあるんじゃないかって、地球の人口の減少を憂う人まで出てきてるみたい。……もしかして、地球に大切な方がいらっしゃるんですか?」

瞬にそんなことを言われて、氷河の憂鬱は一転 苛立ちに変わった。
「そんなものはいない」
吐き出すように、瞬に答える。

口調がきつかったせいか、立ち入ったことを聞いてしまった自分に恥じ入ったのか、瞬は、僅かに頬を上気させて瞼を伏せた。
その様子がひどく可愛らしく、そのせいで氷河の苛立ちがますます募る。

その手の欲望なら、毎日、嫌になるほど感じていた。
今ほど、自分が地球人だということを腹立たしく思ったことはない。
ゲゼル人であったなら、瞬と向かい合ってテーブルに着いているたった今、その髪を、アンドロメダ座の恒星を全て集めたよりも赤い色に変えてみせるのに、地球人である氷河には、そんなふうに瞬に恋を告げることすらできないのだ。

「瞬に作用しないセックス・アピールなど無意味だ」
「…………」
地球でなら、十分に恋の告白として通用する氷河の言葉に、瞬が戸惑ったような表情を作る。
何か言ってくれと、髪の毛一本だけでもいいから黒くなってくれと、氷河は胸中で強く願った──のだが。

氷河の期待は叶わなかった。
「僕……は、かなり晩生おくてなようなんです。髪が緑色になるのも、同年代の子より2年も遅かったですし、それもつい最近のことで……。僕、少し鈍いのかな。まだ一度も男性にも女性にもなったことがありません」
瞬は、まるで言い訳でもするかのように心許なげな口調で、氷河にそう告げた。

「おまえの髪の色が黒か赤に変わったら、それが初恋か」
「そういうことになりますね」
その相手に、氷河は、痛切になりたかった。






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