『色気のない瞬、大変結構』。
それが、紫龍の言いたいことらしかった。
そうなのかもしれない──と、氷河も思わないではなかった。ある一面では。

それでも、である。
我儘だとわかっていても、氷河には不満が残っていた。
紫龍の見解を完全に納得・了承し、素直に現状を受け入れる気にはなれない。
なぜそんな不満を感じるのかと訝り、我と我が身を顧みて、氷河はその答えに辿りついた。

氷河は要するに、一輝のせいで色っぽい瞬が癪だったのだ。
ただそれだけのことだった。
そして、ただそれだけのことが、氷河にわだかまりを捨てさせてくれない──。

氷河のそのわだかまりを消し去ってくれたのは、ぐずぐずと煮え切らない様子の男に業を煮やしたらしい紫龍の一言だった。
「安心しろ。おまえがシベリアに行っている時の瞬は、壮絶に色っぽいから。あれは、俺でもくらくらきて、押し倒したくなる」
──という。

「なに?」
聞き捨てならない紫龍の言葉に、我知らず氷河の目つきが凶悪になる。
そこに、それまで彼の知らない女優の話についていけず傍観者を決め込んでいた星矢が、脇から異議を申し立ててきた。
「えーっ、俺、絶対そんなこと考えねーぞ。氷河が側にいない時の瞬はさぁ、あれ、“色っぽい”っていうより“恐い”だろ。触ると、そこが切れちまいそうなくらい、周りの空気を緊張させててさぁ。俺はやっぱり、氷河が近くにいる時の瞬の方が断然好きだな。一緒にいて、安心するし」

「…………」
いったい瞬は、瞬が適当に見繕った(はずの)男が側にいない時、どんな表情をしているのだろう。
紫龍や星矢が言うような様子の瞬は、氷河の想像を絶していた。
紫龍が言うように『壮絶に色っぽい瞬』にも、星矢が言うような『恐い瞬』にも、氷河は、これまでただの一度も出会ったことがなかったのだ。

仲間たちに対するコメントの一つも思い浮かばず、眉をひそめるばかりの氷河を見て、星矢が羨ましそうにぼやく。
「そっか、氷河って、あの瞬を見たことないんだ。そりゃそーだよな。氷河がいる時は、瞬の奴、あんなふうにはなんねーもんな」

「瞬が……」
白鳥座の聖闘士には決して見ることのできない瞬──というものが、どうやらこの城戸邸には生息しているらしい。
そんな瞬を望んでいたはずなのに、その事実を知らされても、どういうわけか氷河は素直に喜ぶことができなかった。

事ここに至って、氷河はやっと気付いたのである。
側にいてほしい人間が側にいないせいで色っぽい瞬など、自分は本当は望んでいなかったのだ──ということに。
氷河の憤りの本当の原因は、一輝のせいで瞬が色っぽいことではなく、一輝が瞬の側にいないことの方だったのだ。






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