「毎年、この手で、庭の枯葉の始末をさせられてるよね、僕たち」
行動迅速な仲間たちの姿を吸い込んだラウンジのドアを見やりながら、瞬は、氷河に軽い苦笑を向けてきた。
氷河が、奇妙な表情で自分を見詰めているのに気付いて、手にしていた籐籠をテーブルの上に置く。

「氷河、どうかしたの?」
氷河にそう尋ねてきた時、瞬の瞳はまだ微笑んでいた。

「瞬、おまえ……俺が側にいないと色っぽ──いや、寂しいか?」
氷河がそう告げた途端、瞬の表情が一瞬凍りつく。

その時に、氷河は初めて見たのである。
瞬の瞳に、憂いや色気などというものを超越し、殺気すら漂わせた凄艶とでも言うべきようなものが浮かびあがる様を。
これを色気と呼ぶのなら、氷河は瞬の色気に凍らされてしまいそうだった。

もっとも、瞬の瞳にそれが浮かんでいたのは、本当にほんの一瞬間だけのことで、瞬は、その凄まじい何かを、すぐに瞳の中から消し去ってしまったが。
代わりに、瞳を切なげに潤ませ、次には、氷河から顔を背けるようにして、瞬は瞼を伏せた。
そうしてから、ほとんど抑揚のない声で、瞬は、
「……氷河、どこかに行くの」
と、氷河に尋ねてきたのである。

注視していなければ──それどころか、光速拳を見切る聖闘士の目でなければ──見逃していたかもしれない、一瞬間だけの瞬の瞳の色。
氷河は、瞬が垣間見せたその一瞬の表情にぞっとして、寒気を覚えた。
マリリン・モンローの、どちらかといえば白痴美的色気など足元にも及ばない。
瞬の“色気”は非情をすら含んでいた。

瞬を本気で怒らせると どういうことになるのかは、氷河も知っていた。
では、瞬を本当に孤独にしたら、瞬はいったいどういうふうになるのだろう。
それを知っている者は、今のところ この地上にはただの一人もいない。
氷河は、その事実が、人類にとって、この上なく幸運なことのような気がしたのである。


『マリリン・モンローは、寂しいから色っぽくなったんだ──』
愛されている確信を持てない欠如感と焦燥感。
それがマリリン・モンローをアメリカのセックス・シンボルにした。
瞬を、あの不幸な女性のようにはできないし、したくない。
そんなことになったら、瞬は、マリリン・モンローどころではない何ものかになってしまうに違いなかった。

氷河は、ふいに、瞬を幸せな人間にしておくことが、他のどんなことよりも地上の平和の実現と維持に貢献する行為であるような気がしてきたのである。






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