「あ、いや、焚き火が──俺は、熱いのは苦手だからな。あまり側に寄りたくないんだ。溶けて消えてしまいそうな気分になる」
氷河は、地上の平和と安寧のために、自らが口にした例え話をごまかした。

途端に瞬が、伏せていた顔をあげて、氷河に明るい笑顔を向けてくる。
「おとぎ話の雪むすめみたいに?」
氷河がどこかに姿をくらます計画を立てているわけではなく、彼はただ 焚き火と焼き芋作りの作業に参加したくないだけなのだということを知らされた瞬の瞳からは、あの壮絶な“色気”は綺麗さっぱり消え去っていた。

「大丈夫。僕が命に代えても、氷河を守ってみせるから!」
笑顔全開の瞬が、冗談なのか本気なのかの判断に迷うようなことを言う。
つい先ほどの、殺気すら帯びているような緊張感は、今の瞬の周囲には 既に跡形もない。
氷河が 自分は一瞬の幻を見ていただけだったのではないかと訝るほどに──瞬はいつもの瞬だった。

明るく屈託のない瞬の笑顔──。
それこそが地上の平和の代名詞だと感じてしまうのは、自分が瞬の恋人だからなのか、あるいは自分がアテナの聖闘士だからなのか、それは氷河にもわからなかった。
わからないながらも──わからないままに見詰めていると、悲しみを知らない子供のように明るい瞬の笑顔は、背筋がぞくりとするほどに謎めき艶めいたものに見えた。

「なに?」
氷河の青い瞳に凝視されていることに戸惑ったらしい瞬が、その困惑をごまかすような笑みを作って、氷河に尋ねてくる。
「あ、いや……。瞬、おまえ、俺を好きか」
脈絡というものが全くない氷河の反問に、瞬は、元気よく即答してきた。
「大好き!」
──恥じらいも憂いも色気も大人っぽさも何もない明るい瞳で、瞬は一瞬のためらいもなく、そう言い切った。

「そうか……そうだな」
人は恋をしているからといって、そして、季節が秋だからといって、必ずしも憂いを帯びて、色っぽくなる必要はない。
幸せな恋をしている人間は、幸せそのものの笑顔でいればいいのだ。

寂しいせいで色っぽく・・・・なってしまった瞬など、明るく幸せでいる瞬に比べたら、どれほどの価値があるだろう。
そんな瞬は、無価値どころか、へたをすると負の方向に大きな力を発揮しかねない危険なもの、である。

瞬が色っぽくない──とは、実に馬鹿げた心配をしてしまったものだと、氷河は今更ながらに後悔した。
そして、多分季節が秋だったから、そんな馬鹿げた考えが湧いてきたのだろうと──氷河はそう思うことにしたのである。






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