「瞬の小言はいちいちもっともで、聞いといた方がいいことばっかりだと思うけどさぁ。おまえ、平気なのかよ? たとえ弱みを握られてるにしても、諾々と他人の命令に従ってるのなんて、どう考えてもおまえらしくないぞ」
星矢がそんなことを言い出したのは、だから、脅迫されている氷河より、氷河を脅迫しなければならない立場に追い込まれた瞬のためだったかもしれない。

瞬に弱みを握られて悄然としていていいはずの氷河の言い草は、しかし、実にあっけらかんとしたものだった。
氷河の声音には喜色さえ混じっているように、星矢には感じられた。
「俺は一向に構わんが。惚れた相手を好きに動かせてるんだ、瞬もいい気分でいるだろう」
「?」

今ひとつ氷河の日本語がよく理解できない。
星矢は、眉をひそめて2、3分、氷河の口にした言葉の意味を考えてみた。
その結果得られた結論は。
氷河の言う『惚れた相手』というのは、『瞬が・・惚れている相手』を指し、それは氷河のことであるらしい──というものだった。
氷河は、自信満々で、自分は瞬に惚れられていると言っているのだ。

「おまえはそれでいいのか。今のおまえはまるで瞬の下僕か召使だぞ。……ちょっと見には」
「瞬の下僕。結構な身分だな。憧れの職業だ」
やはり氷河の態度を訝っている紫龍に対する彼の返答にも、やはり屈辱感めいたものは見てとれない。
氷河は心底から、現状を楽しんでいるのだとしか思えなかった。

「本人がいいんなら、第三者が口を挟むようなことじゃないけどさ。こういうのって、なんか不自然なんだよな。いつもと違ってて、ケツが落ち着かないっつーか、なんつーか」
星矢にとっての“自然”とは、

(1)氷河が、読み終えた本をあちこちに投げておく。
(2)瞬は、一応、片付けるように注意するのだが、なかなか腰をあげない氷河に代わって、結局自分が片付けてしまう。

──この流れだった。

それを“自然”と感じるのは星矢だけではなかったらしい。
自然な・・・流れに沿った行動ができないせいで、他の誰でもない瞬自身が、最近はいつも居心地が悪そうにしていた。
ものの弾みでそういうことになってしまったとはいえ、瞬は本当は、氷河の脅迫者にも命令者にもなりたくなかったに違いない。






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