氷河は、瞬の姿を視界の内に入れたまま、微動だにしない。
約束を反故にされかけて少々立腹していた瞬も、さすがに氷河の様子が尋常でないことに気付いて、心配顔になった。

「……氷河? どうかしたの?」
瞬に問われたことに、氷河は答えなかった。
代わりに、どこか少し心許なげに淀んだ目をして、呟くように言う。
「……瞬に似てる……」

突然訳のわからないことを言い出した氷河を訝って、瞬は微かに首をかしげることになってしまったのである。
「似てるも何も、僕は瞬だし、ここには僕以外の瞬はいないでしょ」
「じゃあ、俺の知ってる瞬はどこに行ったんだ?」
「氷河、なに言ってるの。ほんとにどうかしたの」

氷河と瞬がそんなやりとりをしている間に、テレビの年齢退行催眠術ショーは終わってしましっていた。
テレビの画面の中では、術から覚めたゲストたちが(彼等が本当に術中にあったのかどうかについては大いなる疑問だが)、
『ええっ、ほんとに私、かかってました〜?』
『全然憶えてないよ〜』
等々、白々しい口調で賑やかに騒ぎ始めている。

一視聴者である星矢も、夢から覚めたように、そして得意満面のていで、自分を馬鹿にしてくれた仲間を振り返った。
「ほーら、俺はかからなかったぞ、氷河!」

が、星矢のその報告に返ってきたのは、氷河の詫びではなく、瞬の不安そうな声だった。
「星矢、氷河がおかしい」
「おかしいって?」
「だって、氷河が、僕のこと知らないって」
「なんだ? そのつまんねー冗談は」

つまらない冗談というものは、基本的に笑えないものである。
当然星矢は笑わずに、どこかが“おかしい”らしい氷河の方に視線を巡らせた。
そこにいるのは、星矢の見知っている氷河だった。
特に変わった様子もない。
外見上は。

「俺は、瞬のこと知らないなんて言ってないぞ! おまえが瞬に似てるって言っただけだ! 瞬が大きくなったら、こんな感じになるのかなーって思っただけ!」
氷河の見た目は、確かにどこにも変化はなかった。
が、口にする言葉の内容がおかしい。
おかしいことに、だが、肝心の当人は気付いていないらしく、彼は、自分の発言が正しく理解されないことに憤慨している子供のように、実に生意気かつ傍若無人な態度で、星矢と瞬を睨みつけてきた。

「瞬が大きくなったら──って、氷河、おまえ、まさか……」

どうやら、素直で純真なのは、星矢よりも氷河の方だったらしい。
そこにいたのは、ヤラセとしか思えないテレビの公開催眠術ショーの年齢退行催眠誘導にかかり、自らの時間を8歳の頃にまで遡らせてしまった白鳥座の聖闘士だった。






【next】