「ここが氷河の部屋だよ。あっちのドアがバスルームに続いてるからね。隣りが僕の部屋だから、何かあったら声かけて」
「…………」

城戸邸の2階にある部屋は、その半分が似たような造りの客室で占められていて、アテナの聖闘士たちはそこで寝起きしている。
その日、夕食を済ませると、瞬は、突如出現した大きな子供を、彼の部屋に連れていった。

「氷河?」
何が気に入らないのか、瞬の説明を聞いた氷河が、ひどく不機嫌そうな顔になる。
瞬が名を呼ぶと、この大きな子供は、一瞬 口をへの字に曲げてから、ぼそりと、
「ここに、俺ひとりでいるのか?」
と言った。

“大人”の氷河の感情の流れなら手に取るようにわかるのに、彼が──彼だけが──子供になってしまったせいで、瞬はそれができなくなってしまっていた。
氷河が何を不愉快に感じているのかが、今の瞬には全くわからなかったのだ。
瞬の疑念に、氷河が、実に端的な答えを提示してくる。

「え? あ、子供の頃は何人かずつで、一つの部屋を使ってたもんね。みんな大人になったから、今は一人で一つの部屋を使えるようになったんだよ」
「ひとりは嫌だ」
「氷河……」

勝手が違って戸惑っているのは氷河も同じなのだ──と、瞬は初めて気付いた。
訳のわからない状況に投げ込まれて、彼もまた、瞬以上に不安でいるのだろう。
いっそ身体も8歳当時の氷河のそれに戻っていてくれたのなら、同じ部屋で子守唄くらい歌ってやることもためらわないのに──と、瞬は思った。
が、外見だけは元のままの氷河に、『恐がらなくても大丈夫。元気をだして』といってやるのも、瞬は気がひけたのである。
なにしろ、ひとりは嫌だと瞬に訴えてくる8歳の子供の目は、瞬よりはるかに高いところにあるのだ。

しかし、そんな瞬の戸惑いが、8歳の子供にわかるはずもない。
彼は、慣れぬ場所に一人でいなくても済む名案を思いつき、無邪気にそれを口にした。
「瞬、一緒に寝よう」
「え……」
「寝れるさ! ベッド、こんなにおっきいし」
「でも……」
氷河は、自分の身体も大きくなっていることを失念しているらしい。
そして、つい昨日まで自分がどんな目で瞬を見詰めていたのかも──彼は忘れているようだった。

「どうしても駄目か……?」
瞬が乗り気でないことを見てとった氷河が、落胆を隠さずに、しょんぼりと肩を落とす。
瞬は、子供のそういう仕草に弱かった。

「う……うん。そうだね。今の氷河には、ここは、初めて泊まるよその家みたいなもんだもんね。今夜は一緒に寝ようか」
相手は8歳の子供なのだと自分に言い聞かせて、瞬は氷河に告げた。

「うんっ!」
自分の願いが聞き入れられた喜びを隠そうともせず、氷河は満面の笑みを瞬に向けてきた。






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