結局心細がる子供のおねだりに、瞬は負けてしまった。
『泣く子と地頭には勝てない』というのは、こういう時に使う言葉なのだろうと思いつつ、いったん自室に戻った瞬は、パジャマに着替え、自分の枕を持って、再び氷河の部屋に向かったのである。
そこで、自室に戻ろうとしていた星矢と紫龍にばったりと出会う。
彼等は、瞬の格好を見て、苦笑混じりの視線を瞬に向けてきた。

「なんだ? 氷河の奴、一人で寝るのは嫌だとか、駄々をこねたのか」
「うん。やっぱり、不安みたい」
「襲われるなよ」
「もう……その手の冗談はやめてって、何度言ったらわかるの! 僕は男だし、だいいち、今の氷河は8歳の子供なんだよ!」
「身体は8歳じゃないだろう」
「いい加減にしないと、僕、本気で怒るよ!」

氷河の身体と記憶の同期がとれていないことに、いちばん困惑しているのは瞬なのである。
その困惑を煽るような仲間たちの冷やかしに、瞬は声を荒げた。

と、そこに。
「瞬ー!」
氷河の部屋から、瞬を呼ぶ氷河の声が響いてくる。

「どっちにしたって、今の氷河は聖闘士じゃないんだからね。僕の方がずっと強いんだもん、何があったって平気だよ。じゃ、おやすみなさい」
馬鹿げた冗談を言う仲間たちにそれだけ言うと、彼等に背を向けて、瞬は急いで氷河の部屋に飛び込んだ。
「氷河、どうかしたの?」

飛び込んだ部屋の中に、だが、瞬を呼んだ者の姿がない。
ぐるりと室内を見渡した瞬は、バスルームに続くドアが半開きになっているのに気付いた。
「氷河……?」
瞬が小さな声で氷河の名を呼びながら恐る恐るそのドアを開けると、バスルームの手前にある脱衣所に、瞬の捜す相手はいた。
浴槽から出たままの格好で──つまり、頭から爪先までを濡れるにまかせた姿で──彼はそこに突っ立っていた。

「わあっっ!」
バスルームを出たばかりの氷河は、当然のことながら全裸である。
瞬の視線と身体とが一瞬硬直する。
せめて視線だけでも氷河の上から逸らしたかったのだが、それすらも、驚天動地の瞬にはできなかった。

我知らず 口許を──というより全身を──引きつらせてしまった瞬に、氷河がのんびりした声で訴えてくる。
「瞬、バスタオルがない」
「バ……バスタオル? あ、そ……そそそーだね」

同性の裸体を見たくらいのことで、自分は何を取り乱しているのだろうと、一応瞬は思ったのである。
そして、瞬は、懸命に自分を落ち着かせようと努めた。
その努力は実を結んだとは言い難かったが、幸い、氷河は、瞬の混乱に気付いていないようだった。
なにしろ、子供の頃には大勢で大浴場に入っていたのだから、氷河にしてみれば、瞬が自分の裸のせいで平常心を失うなどということが、そもそも考えつかないことだったのだろう。

「バ……バスタオルはね、この棚の中にあるの」
懸命に平静を装って、瞬は、脱衣所の洗面台の上にある棚の扉を開け、中から白いバスタオルを一枚取り出した。
後ろを振り向かずに、それを氷河に手渡す。

「風邪ひかないように、早く身体拭いて」
「うん」
氷河がタオルで身体を包んだ気配を確認してから、瞬はやっと氷河のいる方を振り返った。

この分だと、氷河はおそらく自分の着替えのある場所も憶えていないだろうから、彼の着替えの用意も世話係の仕事になるのだろう。
そう考えて──その考えにすがるように──瞬は、全裸の氷河から逃げるように脱衣所をあとにした。
とにかく瞬は、全裸の氷河の前から立ち去りたかったのだ。






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