「瞬、なんか、俺、身体がほてってきた」
氷河のその報告を聞いて、瞬は、事が切迫していることに、遅ればせながら気付いた。
今は、悠長に、氷河の立派なものに驚き入っている時ではないのだ。

「み……水っ! バスルームに戻って、頭から冷水かぶって落ち着かせてっ! 早くっ!」
鋭い声で氷河にそう命じ、瞬は、氷河の背中を押しやるようにして、彼をバスルームに引き返させようとした。
その背中が広いのがまた、瞬を情けない気分にさせる。

「これって、冷やすと治るのか?」
「そ……そうだよ。ほら、頭をどこかにぶつけると、れてたんこぶができるでしょ。あれとおんなじなの」
「俺、どこにもぶつけたりしなかったけどなぁ」
氷河が怪訝な顔になるのも当然のことである。
その部位は、何かにぶつけたらただでは済まないはずの場所なのだ。

「いいから、言われた通りにしてっ!」
この際、懇切丁寧に氷河の疑念解明に協力してなどいられない。
瞬は、でかい図体をした子供を、バスルームに押し込めた。

その中で、氷河は素直に瞬の指示に従ったらしい。
シャワーを流す音が数分間続き、やがてそれが止む。
ドア越しに、瞬は、祈る思いで氷河に尋ねた。
「氷河、どう? どんな具合い?」
「元に戻ったー!」
氷河の嬉しそうな返事を聞いた時には、瞬は、安堵のあまり、その場にへたり込みそうになってしまったのである。

「よ……よかった。さ、風邪ひかないように、早くパジャマに着替えて」
「うん」
脱衣所に戻ってきた氷河の下半身を見ないように留意しながら、瞬は素早く、彼の身体をバスタオルで包んだ。

「あー、びっくりした!」
「そ……そうだね。びっくりしたね」
無邪気にそう告げてくる氷河に向ける瞬の笑顔は、目いっぱい引きつっていた。
それでも、とにかく大事には至らなかったという安堵の時間は、だが、長くは続かなかったのである。
なにしろ相手は、残酷なまでに正直な8歳の子供なのだ。

「あれ?」
「今度は何?」
「瞬の顔見たら、また腫れてきた」
「……!」

一瞬、息をするのを忘れた瞬は、次の瞬間、心の中で号泣することになった。
(うわあぁぁぁ〜ん !! )
『泣くに泣けない』という表現は、おそらく今日の瞬のために、先人が用意しておいてくれた言葉だったに違いない。






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