相手は、一応、8歳の子供である。 ゆえに、これは馬鹿げた懸念だという自覚はあった。 自覚はあったのだが、それでも瞬は、氷河と同じベッドで眠るのが恐かった。 今の氷河は聖闘士ではないのだから──と安易に考えていたのだが、この場合、弱さは力なのだ。 万に一つ、氷河が彼の本能に従って不埒な行動に出てきたとしても、相手が非力な子供なだけに、瞬は彼に反撃することができないのだ。 「ね、氷河。一人で眠るのが不安なら、僕じゃなく、星矢か紫龍と一緒でもいいよね? そうしない?」 瞬が、藁にもすがる思いで氷河にその提案をしたのは、あのとんでもない身体の変化が、以前にもしばしば氷河の身の上に起きていたことを知っているからだった。 無論、 しかし、子供の氷河は、そんな大人の方便の使い方さえ知らないだろう。 実際、氷河は、瞬の気持ちを推し量ることもせずに、瞬の提案を、 「やだ」 の一言で、あっさりと拒んでくれたのである。 「ど……どうして?」 「俺、星矢と一緒の部屋になったことあるけど、あいつ、ものすごく寝相が悪いんだ。別々のベッドならいいけど、おんなじベッドで寝たら、絶対蹴飛ばされる」 氷河のその言葉で、瞬は、昔の城戸邸では月に1度、部屋替えがあったことを思い出した。 瞬にとっては、昔々の思い出話。 だが、それは、今の氷河には現在進行形で継続中のシステムなのだろう。 「じゃあ、紫龍は?」 「紫龍は、ぴくりとも動かずに死んでるみたいに寝るから、気持ち悪い」 「…………」 氷河が口にする言葉は、いちいち懐かしい事柄を瞬に思い出させる。 瞬もまた、当時は、今の氷河と似たような感懐を抱いていたものだった。 「瞬は可愛いもん。俺、瞬と同じ部屋になった時は嬉しかった。時々、寝言で兄さんとか言うのは嫌だったけど」 「氷河も、時々、マーマって寝言を言ってたよ」 氷河につられるように昔語りをしてしまってから、瞬は、はっと我に返った。 思い出話は、懐かしいだけのものではない。 今の氷河にとって、母親の死は、さほど遠い過去のことではないのだ。 瞬の懸念は的中し、氷河の目が僅かに辛そうに伏せられる。 瞬は、氷河を力づけるために、そして、自分の失言を償うために、覚悟を決めるしかなかった。 「じゃ、僕と一緒に寝ようか」 「うん!」 でかい図体をした氷河が、子供のように嬉しそうに瞬に頷いてくる。 その邪気のない反応に、瞬は、今ここにいる氷河は本当に8歳の子供なのだと、思い知ることになったのである。 しかし、その8歳の子供が、8歳の子供でいるのはお 「瞬ー、また腫れてきたー」 場所もあろうにベッドの中で、至極無邪気に報告してくる氷河の隣りで、その夜、瞬は眠るどころではなかったのである。 |