アフリカ地区の水害に見舞われた地域には、既に多くの支援救援メンバーが集まっていた。
昨今はこの手の災害が頻発しているだけに、救援部隊の側も手馴れたもので、対策本部の設置から命令系統の整理までが、素早く適確に為されている。
災害現場では、本部から出される乱れのない指示命令に従って、人間、アンドロイド、ロボット等が入り混じり、互いに力の及ばない部分を補い合って、その指示の遂行に務めていた。
そこで働いている者たちは、人間以外の人工生命体の形状も様々だが、人間たちの姿も様々である。
肌の色も、髪の色も、おそらく国籍も。

現在、この地球上に戦闘と言えるものは存在していない。
国家間、民族間でのいさかいもない。
それがいいことなのか悪いことなのかの判断は単純にはできないが、現在、地球上に存在する人類の最大の敵は、人間の力をもってしても制御しきれない自然になってしまっていた。
そのために、人類は、おそらく人類史上初めて、国家、人種、民族の壁を越えて一致団結したのである。

「敵が同じなら団結できるわけだ。情けない生き物だな、人間というやつは」
簡易の状況判断力を持ったコンテナロボットたちが、輸送ヘリから援助物資を運び出す様を監督していた氷河が、誰にともなくぼやく。

氷河は、彼が聖闘士でいた頃のことを思い出しているのだと、瞬にはすぐわかった。
氷河と瞬が聖闘士でいた時、彼等の敵は、それが邪悪なものであれ、傲慢な錯覚であれ、まがりなりにも意思というものを持っていた。
意思を持っている敵を倒すのは、ある意味では、非常に容易である。
その意思を覆すか、無くしてしまえばいいのだから。

しかし、今現在の彼等の敵はそうではない。
自然は、統一され、一定方向に向かう意思を有していない。
それは制御しなければならない敵であり、うまく付き合っていく方法を模索し続けなければならない友でもあり──いずれにしても、自然との共存のための戦いには、終わりがないのだ。
当然、何をしても、真の意味での達成感は得られない。

「氷河」
「ああ、すまん。言い過ぎた」
それは確かに果てのない永劫の努力を要する戦いである。
だが、意思と感情を持っている人間を傷付けずに済む今の仕事を好ましく思っている瞬を知っている氷河は、そこそこのところで皮肉を切り上げた。

その気遣いに感謝して、瞬が、微かな微笑を浮かべる。
「明日は少し寝坊できるよ。ここの出水も収まったみたいだし、今回は人的被害もなかったみたいだから。明日は予定通り、僕たちは半年に1度の人間ドック。午前中は絶食して、午後からグラードの医療センターに出頭」
「星矢たちも来るのか」
「うん。いつもの通り、健診が終わったら、沙織さんの用意してくれてる部屋で夕食会。久し振りにみんなで会えるよ。半年振りだね」
「そうだな。楽しみだ」

地球がどれほどご機嫌斜めでも、それで人命が失われさえしなければ、瞬は、完全な達成感の得られない永劫に続く仕事にも、心安らかに従事していられた──微笑んでいられた。
「また、星矢とくだらないことで喧嘩しないでよ? 氷河ってば、ほんとに大人気ないんだから」
「わかっている」
「ほんとにわかってるのかな」

その日は平穏な一日だった。
瞬は、氷河と軽口を叩き合いながら、仕事の間中ずっと微笑んでいられたから。
二人の一日は、いつもの通り、そんなふうにして終わった。






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