「沙織さん」 飲み物や料理が並べられているメインテーブルに近付くこともせずに、楽しそうに喧嘩を続けている氷河たちを横目に見ながら、紫龍は、歳を経て貫禄を増したグラード財団総帥の側に歩み寄った。 集まるたびにいつもこんな有り様なので、3年ほど前から、この会合は立食パーティー形式になっている。 ワインの入ったグラスだけを持って、沙織は、部屋の奥に置かれた椅子に腰をおろし、彼女の聖闘士たちを見詰めていた。 国家主導で世界規模の環境整備を余儀なくされたこの数十年間、他の多くの企業が半官半民企業に移行していく中、グラード財団の独立を守り通した自信と自負が、その姿からは滲み出ている。 「あの二人は、自分たちがアンドロイドだということを憶えているんですか」 「……忘れているのかもしれないわね」 呟くように言ってから、彼女は、その目許に切ない微笑を浮かべた。 それは、むしろ、沙織自身が忘れてしまいたいことだったのである。 氷河と瞬が、その“事故”に巻き込まれたのは、もう半世紀近く前のことになる。 それが、自然のもたらした災害であったなら、聖闘士であった二人は生き延びることができていたかもしれない。 怪我ひとつ負うことすらなかったかもしれない。 だが、その事故は放射能を扱う場所で人為的ミスによって引き起こされたトラブルで、現場に駆けつけた氷河と瞬はもちろん、二人が命懸けで救った者たちにも、その半ば以上が1年を置かずに命を失うことが運命づけられてしまうような事故だった。 そして、余命を数ヶ月と宣告された瞬と氷河は、それぞれに、当時飛躍的な発展を遂げていた人工生命体の製作と自らの記憶の移植を沙織に依頼してきたのである。 「俺が死んだら、瞬が泣く。俺は瞬を泣かせたくない。だから──」 「僕が死んだら、氷河が悲しむ。僕は氷河を悲しませたくないんです。だから──」 だから。 二人がそうすることを願ったから。 それが残される者にとって良いことなのかどうかを、沙織は考えもしなかった。 ただ、死にゆく者を安心させるために、彼等の死を安らかなものにするために、沙織は、当時の最先端技術を駆使して、二人と寸分違わぬ姿と声と表情を持った2体のアンドロイドを作ったのである。 あなたの大切な人は大丈夫だから、安らかにその時を迎えてくれと、彼女の大切な二人の聖闘士を慰撫するためだけに。 彼女にできることはそれしかなかったから。 記憶の移植は、当時の科学力では完璧といえるレベルに達してはいなかったが、外見や言葉使い、癖といった第三者にも得られる情報のコピーはほぼ完璧だった。 2体のアンドロイドの製作に、沙織は、最新鋭戦闘機を4機 |