氷河は、自分と同じ姿をしたアンドロイドに、病床から命じた。
「瞬の望むことは何でも叶えてやるんだ。瞬の命を守るためなら、どんな危険も顧みるな。瞬が溜め息をついて、瞬きの数が増えてきたら、すぐに瞬を抱きしめてやってくれ」

氷河と同じ姿をしたものは、氷河のその言葉に、氷河と同じ仕草で頷いた。

「瞬は──瞬は泣き虫なんだ。本当に、些細なことですぐに泣く。泣かせるなとは言わない。瞬が泣いている時には、必ず瞬の側にいて、瞬の肩を温めてやってくれ。それがおまえの務めだ」

氷河が彼の写し身にそう命じたことを、瞬は知らない。


瞬もまた、自分と同じ姿をしたアンドロイドに、白い部屋の中で懇願した。
「氷河が何かしてほしいって言ってもね、全部叶えてあげる必要はないの。氷河の目を黙って5秒見詰めて。本当に必要なことなら、氷河は目を逸らさないし、ただの我儘なら、すぐに前言撤回するから。ただ、氷河の命が危険にさらされるようなことがあったら、その時には、氷河の意思なんか無視して、氷河を守って。それから──」
瞬は一度言葉をためらい、小さく吐息してから、泣きそうな目をして指示を続けた。
「氷河がそうしたいって言ってきたら、夜の相手もしてくれる? できるんだよね?」

瞬と同じ姿をしたものは、瞬と同じ声で、
「はい。僕の身体は、あなたと全く同じようにできています」
と答えた。

「……氷河に僕以外の好きな人ができたら、彼の前からすぐに姿を消して。沙織さんのところにいけば、君の願い通りに処遇してくれると思う。そのまま消えることも、外見を変えて別の生き方をすることも。でも、氷河が望む限りは永遠に、彼の側にいて」

瞬が瞬の写し身にそう懇願したことを、氷河は知らない。


「おまえは、俺と同じ記憶と価値観を持っている、だが俺とは違う生命体だ」
「それはわかってるの。勝手なこと言ってごめんね。でも、僕は──」
「瞬は泣き虫なんだ。俺のいないところで瞬が泣いていることに、俺は耐えられない。──死んでも死にきれない」
「氷河は寂しがりやなの。寂しくなるのが怖くて、わざと一人でいようとしたりするくらい寂しがりやなの。だから、僕の分も優しくしてあげて」

そう言って、二人は、残された人がこれからも幸福に生き続けてくれることを信じ、願い、同じ日に別々の場所でひっそりと死んでいった。
大切な人に、自分の死を知らせないために、最期の対面すら望まずに、役目を終えかけた医療器具と自分と同じ姿をした人工生命体だけに看取られて。


そして、彼等の姿と記憶を模したアンドロイドたちは、彼等の主人たちの心を受け継いで、彼等の大切な人のために生きることを始めたのである。
頑なに命令を──彼等の主人たちの最期の願いを──遂行しようとする氷河と瞬の写し絵を、沙織は処分することができなかった。






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