ヴィルボア公爵の城は、シュンが暮らしていたキレンスクよりはるか北の地方にあった。
今年は冬が遅く、雪はまだ降り始めていない。
シュンを迎えに来たのは、公爵家の紋章入りの6頭建ての馬車──そりではなく──だった。

ヴィルボア公爵の城までの3日間の旅は、至極快適だった。
道中の旅泊として手配されていたのは、本来ならシュンには足を踏み入れることも許されないような貴族の館で、シュンはそこで下にも置かぬもてなしを受けた。
ヴィルボア公爵家の客人というだけで、国内有数の大貴族たちが、まだ17にも満たない貧乏貴族の次男坊に腰を折ってみせるのである。
ヴィルボア公爵家の権勢が偲ばれる旅ではあった。


シュンがヴィルボア公爵家に到着したのは、養父母の家を出て4日目の、まもなく太陽が中天に至ろうとする頃。
シュンの目の前にそびえ立つ城は、ブラヴァツキー家の館が馬小屋に思えるほど荘厳な佇まいをしており、おそらく14世紀中葉のゴシック様式の建造物だったろう。
幾度も増改築を重ねてきたらしく、城の中は荘厳な外装に反して、明るく快適なルネサンス様式になっていた。

「長旅でお疲れでしょう。公爵様から、シュン様のお言いつけはどのようなことでもきくようにと言われています。ご遠慮なく、お申しつけくださいませ」
その城で最初にシュンを迎えてくれたのは、シュン付きの世話係を命じられたという少女で、彼女は実にてきぱきとシュンの面倒をみてくれた。

温かいお湯の張られた風呂、手を通すのもためらわれるような仕立てのいい服、豪華な調度の揃った個室──次から次へと魔法のように、『シュン様の自由にしていいもの』がシュンの目の前に現れる。
それはどう考えても、雇い入れた使用人に対する待遇ではなかった。
だから、やはりそういうことなのだろうと、シュンは覚悟を決めたのである。
そして、シュンは、まだ期待を捨てきれていなかった。

シュンが遅い昼食を済ませた頃にやっと、公爵家の執事だという壮年の男性が、シュンの前に姿を現した。

「あの、公爵様は──」
「ご対面の場にご案内いたします」
すっかり大貴族の子弟といった出で立ちにさせられてしまったシュンが尋ねると、彼は、慇懃にシュンに腰をかがめてみせた。






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