そこは、一度に多人数の来客を迎えることのできる部屋──というより、謁見のための小ホールだった。
調度らしい調度もなく、ただ部屋の壁に、たくさんの肖像画が飾られている。
代々の当主とその家族の肖像──のようだった。
多少の美化があるにしても、みな際立って整った顔立ちをしている。

ホールの正面中央に、おそらくは当主のための椅子があった。
だが、誰もそこには腰掛けていない。
代わりに、なぜか一羽の白鳥が、その椅子の前にいた。
素晴らしく美しく大きな白鳥で、その鳥が、まるで人間のような目をして、シュンを見詰めている。

「……あの?」
「こちらが、当ヴィルボア公爵家のご当主です。ヒョウガ様とおっしゃいます」
「…………」

執事の言葉に、シュンは息を飲んだのである。
決死の覚悟で住み慣れた家を出てきたというのに、ここに来て、そんな冗談を聞かされるとは思ってもいなかった──というのが本音。
ヴィルボア公爵は本当は、貧乏貴族の息子をからかって遊ぶために、こんな手の込んだ筋立てを考えたのではないかと、シュンは疑ったのである。
そんなことをして、公爵に何の得があるとも思えなかったが、他に考えようがない。

「お信じになれないかとは思いますが、事実です。わたくし共も、すぐには信じられませんでした。公爵様は、先日あなたとお会いしたブラヴァツキー家の夜会からお戻りになられたあと、忌まわしい力を持った魔女に呪いをかけられてしまいました。昼の間は白鳥の姿に変化へんげし、日が暮れると元のお姿に戻られます」

分別のありそうな壮年の執事が、真顔でそんなことを言うのである。
シュンは、ただ無言で、その美しい白鳥を見詰めていることしかできなかった。
魔女狩りが横行していた16世紀ならともかく、時代は18世紀に入っている。
今は、呪いなどというものの存在を否定する悟性を手にした人間の時代だというのに、この城の中ではいったい何が起こっているのだろうと、シュンは戸惑った。






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