ところが。
胡散臭さを極めた、それゆえに効果絶大に違いないその媚薬には、ひとつ大きな問題点があった
それは無味無臭ではなかった──正確に言うと、無味ではあるらしいのだが、無臭ではなかった。
アフロディーテの薬は、曲がった鼻が元に戻るのを嫌がるほど強烈なバラの香りを放つものだったんだ。

バラの香り──ひいては花の香りを芳香だと考える人間の嗅覚は、どこかおかしいんじゃないかと、俺は思う。
プリザーブドフラワー状態にでもなっているのならまだしも、生花のそれは甘くもなければやわらかくもなく、何というか──青臭い。
人間の嗅覚に『快さ』を与えるために作られているはずの香水でも、天然の植物性香料オンリーのそれは、嗅ぐにたえないものばかりだ。
アフロディーテの薬は、その 嗅ぐにたえない天然のバラの匂いを、これ以上はできないだろうほどに濃縮した匂いを有していたんだ。

紅茶に入れて出してみたが、フレーバーティーを装うにしても香りがきつすぎたらしく、瞬は最後までカップに手をつけてくれなかった。

コーヒーなら香りが消されるかと期待したが、それでも濃いバラの匂いは消えてくれなかった。
「今、コーヒーを飲んだら眠れなくなりそうだから」
という婉曲的な言葉でそれを拒む瞬に、俺が胸中で、
『俺はおまえを眠れなくしたいんだー!』
と叫んだのは言うまでもない。

眠れればいいのならミルクはどうだと再挑戦してみたのだが、人間は味覚以上に嗅覚で味を判断するものらしく、瞬は今度は遠慮会釈なく、
「変な匂い」
の一言で、それを切って捨ててくれた。

こうなると、それは“香り”でもなく“匂い”でもなく“臭い”である。
クサヤの干物やドリアンの方が、臭いに勝る美味を有しているだけ はるかにマシだ。

しかし、俺は、それくらいのことではへこたれなかった。へこたれるわけにはいかなかった。
この傍迷惑なバラの悪臭には、俺のセカンドHがかかっているんだ。






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