飲み物が駄目なら、食べ物がある。
各種飲料で玉砕し続けた後、俺は、俺たちの食事の世話をしてくれている城戸邸の栄養士と調理師に、とにかく香辛料や香草を使いまくったものが食べたいとリクエストを出した。
彼等は、翌日の夕食に、俺の希望通りの料理を用意してくれた。
無論、俺は、瞬の前に運ばれる全ての料理に、首尾よく ごく少量の媚薬を混入してのけた。

俺の手癖の悪さ──もとい、手際の良さは、まさに完璧だった。
これでついに瞬との二度目が成就・遂行されるのだと、俺は確信していた。

──のだが。
俺は、媚薬の悪臭を消すことに腐心するあまり、肝心のことを忘れていた。
つまり、瞬が香りの強い香辛料を大の苦手としていることを、すっかり失念していたんだ。
瞬は、香辛料まみれの夕食の前で数秒間黙り込み、それから、
「なんだか僕、食欲ない……」
と呟いた。

瞬のその呟きを聞いた星矢が、すかさず瞬の皿に手を伸ばしてくる。
「あ、んじゃ、このシシカバブ俺が食ってやるぜ!」
親切ごかして図々しい真似をしてくる星矢に、俺が大慌てに慌てたのは言うまでもない。
星矢なんぞに色気を出されても、俺はちっとも嬉しくない。

「ばか、おまえが食うなっ!」
星矢の音速のフォーク運びを、俺は光速の拳で遮った。
弾みで、シシトウとショウガとニンニクとクミンとナツメグとカレー粉と塩と黒こしょうで味付けされたシシカバブとそれが載せられていた皿、及び、周辺のパン、バター、スープ、サラダとその容器・食器が、テーブルの上からすっ飛び、ダイニングルームの壁と床に衝突するや、それらのものは大きな音を響かせて、超新星が爆発するように派手に砕け散った。
無論、星矢が手を出そうとした瞬の料理と食器だけでなく、テーブルに着いていた全員分の食事が。

瞬が眼前の惨状に驚き、瞳を見開いて俺を見詰めている。
俺はとにかく、焦りすぎていたらしい。
急いては事を仕損じるとは、よく言ったもんだ。
先人の教えは大切にした方がいい。

結局、焦りを主原因とする杜撰な計画と不手際のせいで、俺の悪巧みは、瞬の知るところとなってしまったのである。






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