「もう我慢できない?」
しばらく俺の様子を観察しているふうだった瞬が、また尋ねてくる。

責めるなら、言葉ででも、腕力ででも、いっそチェーンでも持ち出してきて、責めていることがわかるように責めてくれと、俺は言いたかった。
真綿で首を締めるような、真綿に針を包んだ、これは新手の拷問なのかと、俺は胸中で瞬の微笑に毒づいた。
しかし、まじでマズい。
俺が──俺の身体が──非常に危険な状態になってきている──。

本気で──いや、違う。薬のせいで──俺は瞬に何かしてしまいそうだった。
だから俺は慌てて瞬の前から、瞬の部屋から、逃れようとしたんだ。
「氷河、どこ行くの」
そんな俺を、瞬が呼びとめてくる。

「自分で始末をつけてくる」
くそっ。
瞬に飲ませるつもりのものを自分で飲む羽目に陥ったあげくソロ活動なんて、俺は自分の実力を見誤った馬鹿なミュージシャンか!
自分で自分を殴れるものなら、俺はそうしたかった。
瞬が、俺の腕を掴んで、その場に引きとめる。
瞬は、そして、優しい声と優しい表情で、更に俺に拷問を続けようとした。

「僕がここにいるのに?」
「薬なんかに惑わされて、おまえにそんなことができるか! 俺は俺の意思で──」
「氷河の意思? 僕の意思を無視した、ただの自分勝手でしょ」
瞬の答えはにべもない。
だが、確かにそれはその通りだったから、俺は瞬に何も言い返せなかった。
瞬の意思を薬で操ろうとした男に、偉そうに自分の意思を主張する権利はない。
俺が瞬に対してしようとしていたことは、瞬の言う通り、人権無視以外のなにものでもないんだから。

そんなことに今頃気付くからには、やはり俺は獣欲に支配されていたんだろう。
俺は心底から、自分がしようとしたことを悔やんだ。

だが──最初のうちはそうじゃなかったんだ。
俺は、一度は瞬を自分のものにした。
一つの望みが叶うと、人の心の内には次の欲が生まれてくる。
俺は瞬を俺だけのものにしたかった。永遠にそうしたかった。
瞬は俺だけのものだと確信したかった。

獣欲でないにしても独占欲、独占欲でないにしても不安。
その不安も、俺は、自分で自分を追い詰めて、勝手に不安になっていただけだった。
瞬を誰かにとられたくない。
毎晩抱いていれば、そんな不安は消えるだろうと、俺は思ったんだ。

──どっちにしても、さもしい考えだ。






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