「苦しいの?」
瞬が俺の肩に手を伸ばしてくる。
「我慢できるの?」
なんだか歌でも歌っているような軽快な口調で 言葉を重ねながら。

「──我慢する」
ここで自分を抑えきれなかったら、俺はパンダ以下だぞ。
俺は瞬に──というより、自分自身に命じるように、そう言った。

瞬はしばらく、そんな哀れな俺を無言で凝視していた。
やがて瞬が、それまで俺をからかうようだった口調と眼差しを一変させる。
「かわいそうに……」
そして、瞬は、聖母のように慈愛に満ち満ちた表情を浮かべて、俺を抱きしめてきた。

「瞬……離れろ」
我ながら情けない声で、だが懸命に俺は瞬に命じた。
瞬は、今の俺がどういう状況にあるのかがわかっているんだろうか。

──わかっているとは思えない。
瞬は、それ・・のことしか考えられない状態になりかけている男に、やわらかい微笑を向け、そして、俺の頬を母親のような手で撫でてきた。

「氷河、かわいそう」
拷問のように俺に触れていた瞬の手が、俺の背に回される。
決死の思いでその手を払いのけようとした俺の唇に、瞬は自分の唇を押しつけてきた。

「しゅ……」
瞬の意図が全く理解できず、戸惑うことしかできずにいる俺に、瞬は初めて真顔を向けてきた。
それにしても、瞬の表情は、日本の季節のように鮮やかに変化する。

「わかるでしょ。他人に邪悪に立ち向かってほしいと思ったら、自分がそれと闘う姿を見せるのがいちばん。人に優しくあってほしいと思ったら、自分が優しくしてあげるのがいちばん。他人じゃなくて、まず自分。僕の身体を薬なんかでどうこうしようとするんじゃなく、氷河が切羽詰ってみせるのが──特に僕には有効だよ。僕は心優しい人間だそうだから、苦しんでいる人には手を差しのべずにはいられないもの」

瞬の指先は白く清潔で、瞬の唇は薔薇色をしている。
「まして、それが氷河なら……」
そして、その声と瞳は、恐ろしく蠱惑こわく的だった。

他にどう言えばいい?
他に言葉が思いつかない。
呻くような声で、俺は瞬に訴えた。

「苦しい。助けてくれ」






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