その時、僕の心の中では、氷河と飛ばして遊んだ白いたんぽぽの綿毛と、その遊びを遊んだ幼い日の青い空や夕焼けの色、風の匂いや草の匂い、そんなものが鮮やかに蘇り広がっていた。

子供の頃の美しい思い出は、それがただ美しくて他愛のないものであればあるほど、意味も不幸も幸せもなく無垢なものであればあるほど、もう二度と経験することはできないという事実が切なく感じられるものだ。
その、決して取り戻すことのできない時間と感覚を共有した相手が、あの時と同じように綺麗な目をして僕の前にいてくれて、なのに、それが初めて出会う瞳みたいに見える。

こういうのを、ジャメビュって言うんだよね。
見慣れているはずのものを、初めて出会ったものみたいに感じる感覚。未視感。
僕は、過去の記憶と未来の記憶と今現在の感覚とがいっしょくたになって、一度に僕の心の中で活動を始めたみたいな、不思議な気分になっていた。

誰かを好きだと認識することは、こういう感覚をもたらすものなんだろうか。
だとしたら、僕の氷河を好きな気持ちと氷河以外の人を好きな気持ちは、生まれた場所が全く違っている──ような気がする。

どっちにしても、それは理屈では割り切れない、まさに『切ない』感覚で、僕はその不思議な感覚に腕と心臓を鷲掴みにされように強く囚われていた。
痛みは伴わないけど、懐かしくて切なくて逃げられない感じ。
たんぽぽの綿毛が乱舞してる過去の城戸邸の庭に、あの頃より大人になった僕と氷河が立っているみたいな錯覚。
その時、僕は、すごく快い幸福感みたいなものの中にいた。






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