木枯らしが冷たい。 一般人はそろそろ丈の長いオーバーコートを身に着け始めていた。 もっとも、極寒の地での暮らしが長かった白鳥座の聖闘士と、自身のみならず側にいる人間をも温めることのできる小宇宙を持ったアンドロメダ座の聖闘士には、こんな季節になっても冬用の衣類というものは殊更要り様なものではない。 その日も二人は、気温が30度を超えていた数ヶ月前とあまり変わらない出で立ちで、城戸邸に続く道を連れ立って歩いていた。 そこに、どう考えても変声期前の数人の男の子供たちの喚声と、甲高い小犬の鳴き声が響いてくる。 何事かと訝った氷河と瞬が声のした方に駆けつけると、騒ぎは、ブランコやジャングルジム等の設備が申し訳程度に置かれた小さな児童公園の中で起こっていた。 小学校低学年らしき2、3人の男の子たちが薄茶色のふわふわしたものを抱えて、ジャングルジムの上で奇妙な雄叫びをあげている。 その下にもう一人、まだ小学校にあがっていない程の小柄な男の子がいて、彼は半べそをかき、おろおろしながら、ジャングルジムの上にいる少年たちを──正しくは、彼等の抱えている薄茶色の物体を──見あげていた。 「返して、下ろして」 と叫んでいるところを見ると、その薄茶色の物体は、ジャングルジムの下にいる男の子がジャングルジムの上にいる子供たちに取り上げられたものなのだろう。 飼い主の手から引き離された薄茶色の塊りは、意地悪な他人の手の中できゃんきゃんと怯えた悲鳴を響かせていた。 「かわいそうでしょ。返してあげなさい」 いつの間にか自分たちの横に立っていた瞬に、いじめっ子たちは度肝を抜かれたようだった。 彼等には、瞬がジャングルジムを登るところはおろか、取りついたところすら見えていなかったのだから、その驚きも至極当然のものだったろう。 「うわぁっ!」 驚いた拍子にバランスを崩し、ジャングルジムから転げ落ちたいじめっ子の一人を、氷河が片手で受けとめる。 「学校名、学年、クラス、出席番号、氏名、担任の名を言え」 「告げ口する気かっ! 卑怯だぞ!」 氷河に襟首を掴まれた子供はそう叫んでから、宙に浮いた両足をばたつかせ始めた。 「“卑怯”の意味がわかっていないらしいな」 呆れたようにそう言ってから、氷河はその子供を無造作に地面に落とした。 その行動が、到底生き物を扱っているようには見えなかったのか、ジャングルジムの上から瞬の叱責が降ってくる。 「氷河! 子供は空き缶じゃないんだから!」 「無礼なことを言うな。俺は、空き缶はちゃんと空き缶入れに入れる。これでも、その手の公衆道徳は厳しく躾けられたんだ」 「それはとても大事なことだよ。さすがは氷河のマーマ」 とか何とか、氷河と瞬が脇道に逸れた話をしているうちに、氷河に空き缶以下の扱いをされた子供とその仲間たちは、隙を見てその場から逃げ出してしまっていた。 「空き缶というより蜘蛛の子だね」 あとに残されたのは、氷河と瞬と瞬の腕の中の薄茶色の塊り、そして、その正当な持ち主であるらしい年少の少年だけだった。 |