「大きくなったら、仮面ライダーになって、あんな奴等みんなやっつけてやる」 半べそをかいていた男の子は、瞬から手渡された小さな雑種の柴犬を抱きしめると、悔しそうに呻いた。 きゃんきゃん悲鳴じみた声を響かせていた小犬が彼の腕の中で大人しくなるのを見て、瞬の口許に我知らず微笑が浮かぶ。 「仮面ライダーもいいけど、聖闘士なんかどうかな?」 「せいんと? 何だ、それ?」 「あ、ううん。仮面ライダーね。うん、きっとなれるよ」 どうやら聖闘士は、子供たちの間では仮面ライダーほどの知名度はないらしい。 少々落胆しながら頷いた瞬に、小犬を抱いた男の子がきょとんとした目を向けてくる。 「どうかした?」 「おねーちゃんは笑わないのか? 僕のママも学校の友だちも、馬鹿なこと言うなって……そんなのになれるわけないって言って笑うのに」 「…………」 少年の言葉に、瞬が息を飲む。 “おねーちゃん”に間違われてるのには慣れていたので、あえて否定する気にもならなかったが、彼の言葉の他の部分に、瞬は軽い衝撃を受けていた。 返答に窮した瞬の代わりに、氷河が脇から口を挟んでくる。 「なれないわけがないだろう。おまえは必ず今よりずっと強くなって、そのポチだかチビだかを守ってやれる奴になるんだ。きっと」 「うん!」 氷河の確約を聞いた少年が嬉しそうに頷く。 それから、彼は、訂正を入れてきた。 「でも、僕のV3の名前はV3っていうんだよ」 少年はなかなか渋い趣味の持ち主のようだった。 名を呼ばれた薄茶色のV3が、『わん』と『きゃん』の中間の声で飼い主に答え、その声で彼は、彼が本来しようとしていたこと──帰宅途中だったらしい──を思い出したらしく、瞬と氷河に初めてぺこりと頭を下げてきた。 「僕、帰ってV3にご飯食べさせなきゃ。じゃあね。どうもありがとう」 首輪にリードをつけずに、V3を大事そうに抱きかかえたまま駆け出した少年の姿が公園内から消えると、瞬は小さく吐息した。 「氷河、ありがとう。助かった」 「ん?」 「あの子のお友達はともかく、お母さんが……子供の夢を否定する大人がいるなんて思わなかったから、びっくりして、うまい言葉が出てこなかったんだ」 それが、『おねーちゃん』の一言よりも、瞬に強い衝撃を与えた言葉だった。 子供の夢をより大きく育てあげることこそが大人というものの務めだと、瞬はごく自然に思っていた──信じていたのだ。 氷河がちらりと瞬を横目で見やり、表情にならないほどの苦笑を作って、 「まあ、そういう不粋な大人もいるだろう」 と言った時。 「叶うはずのない夢を無責任に煽るな、愚か者」 突然、彼等の背後から耳に慣れない声が響いてきたのである。 「え?」 氷河と瞬は、その声の主の姿を認めて、非常に驚いた。 彼等が驚いたのも当然のこと。 児童公園の入り口に立ちって、二人に蔑むような視線を向けてきていたのは、某アスガルドの神闘士、デルタ星メグレスのアルベリッヒ(おそらく、チューリップ畑初登場)だった。 |