「死んだんじゃなかったのか。紫龍、貴様、こいつにちゃんととどめを刺さなかったな!」 自分はあっさりアルベリッヒの策略に嵌まり、紫龍に救われた立場にありながら──だからこそ?──氷河の口調は苛立たしげで、まるで紫龍を責めているようだった。 「生死を確かめなかったのは事実だが、あの場合は、オーディーンサファイヤを手に入れられさえすれば、神闘士の生死は問題ではなかったろう。むしろ、生きていてくれた方がよかった」 「文句言うなよ、氷河。おまえ、俺たちが苦労して手に入れたオーディーンサファイヤを、さも自分ひとりで手に入れたみたいな顔して、瞬に見せびらかして得意がってたくせに」 「あの時、神闘士の生死をいちばんどーでもいいと思っていたのは氷河だな」 星矢と紫龍は、闘いにおける敗北という氷河の最も痛いところを衝くようなことはしなかった。 彼等は武士の情けというものを知っていたのだ。 それはさておき、車田マンガでキャラの復活に関しての考察を為すことは全く無意味である。 車田世界におけるキャラの生死というものは、自然の摂理を無視したところに──もとい、自然の摂理を超越した特異な次元に存在するものなのだ。 もちろん、アスガルドの神闘士は車田キャラではないのではないかなどという瑣末なことを、車田ファンは気にしてはならない。 とにかく、アルベリッヒは生きて、氷河たちの前にいる。 それが現実だった。 アスガルドでの闘いの後始末も一段落ついたところで、彼はヒルダのたっての願いで、なぜか日本に海外留学することになり、しばらく城戸邸に逗留することになったらしい。 沙織が彼の留学の手配のために、少々季節外れの来日を提案したということだった。 「試験は英語ででも日本語ででも受けられるから問題はないんだけど、しばらくこちらにいるのなら、色々と日本の暮らしに慣れていた方がいいでしょう」 沙織はアルベリッヒ個人の都合には考慮しても、彼とアテナの聖闘士たちの関係性については全く考えを及ばせていないらしい。 『昨日の敵は今日の友』であるにしても、アルベリッヒは、その立場が実に微妙なキャラだった。 ヒルダ(アスガルド)のアテナ(聖域)への帰順は、そのまま、アルベリッヒのアテナの聖闘士たちへの帰順ではないのである。 その場に居合わせた者たちの中で、アルベリッヒに対して腹に一物を抱えていないのは、アルベリッヒと直接対決をしていない瞬だけだった。 瞬だけが、彼の過去の所業に頓着していなかった。 |