デルタ星メグレスのアルベリッヒと相性が悪いのが氷河だけであったなら、まだ瞬の苦労は少なかったに違いない。
だが彼は、氷河だけでなくアテナの聖闘士全般と相性が悪かった──というより、彼は、大抵の人間に嫌われるようなことを敢えて言動にしてしまうという悪癖を持った、空き缶以上に扱いに困るタイプの人間だった。
彼が城戸邸にやってきた翌日から早速、彼とアテナの聖闘士たちの相性の悪さは、隠しようもなく露呈し始めることになったのである。


「もう、何なんだよ、あいつー!」
最初に不満を爆発させたのは星矢だった。
起床して3時間後、お十時のおやつの直後。
3時間もたなかったというべきなのか、3時間ももったというべきなのかの判断は人によって分かれるところだろうが、とにかく星矢は怒髪天を突いていた。

「俺さ、さっき、あいつの目の前で大福3個一気食いしてみせたんだ。それ見て、あいつ、何て言ったと思う?」
「そんな食べ方、危ないってば。喉に詰まらせたらどうするの」
瞬のごく一般的な忠告が、今の星矢の耳に届くはずもない。

「『豚の方がまだ上品にエサを食う』だと! 俺は豚以下なんだと!」
星矢は、顔を真っ赤にして、自身の怒りを怒り続ける作業を断行した。
「俺はさぁ、芸のつもりでやったの! 奴があんまり辛気臭いツラしてるから、場を盛り上げてやろうとしただけなんだ! それを豚……豚だと! 豚に失礼じゃないかっ!」
どう考えても星矢は、自分が何を言っているのかわかっていないようだった。

「事あるごとに俺たちを馬鹿だ下品だって決めつけて、見くだして、あの言い草と目つきがいちいち勘に触るんだよ! 俺だってなぁ! 105円の買い物して500円出したら、505円の釣りがくることくらいわかるんだからなっ!」
今の星矢に何を言っても無駄だろう。
瞬は星矢を落ち着かせることは諦めて、彼の隣りで渋い顔をしている紫龍に向き直った。

「紫龍も何か言われたの」
「長髪の短所を延々と皮肉たっぷりに」
アルベリッヒは、紫龍に対して、さぞかしちくちくと嫌味たらしい言葉を並べ立ててくれたに違いない。
なにしろアルベリッヒは、アスガルドの闘いで紫龍に負けたことになっているのだ。

瞬は溜め息と共に紫龍に同情の眼差しを向けたのだが、氷河はあまり彼に同情的ではなかった。
「それは俺も思っていたぞ。洗髪に時間はかかる、乾かすにも時間がかかる、洗髪洗剤・整髪剤も余計に使う上、闘いの時には邪魔、見ている俺たちは鬱陶しい。貴様のその長髪は、まさに百害あって一利なしだ」

「アルベリッヒと同じ価値観と思考回路を持っているな、氷河、おまえ。奴も全く同じことを言っていた」
「……!」
両の肩をすくめて紫龍がぼやいた言葉に、氷河が眉を吊り上げる。
紫龍に知らされた事実は、下品の馬鹿のと言われることよりはるかに強力に、氷河の神経を逆撫でするものだったのだ。

「とにかく決めゼリフはいつも『アテナの聖闘士は馬鹿ばかりだ』でさ、もーやだ。俺、パス1!」
「当然、俺もパス2だ。おまえたちがどうにかしろよ、氷河、瞬」
「なんで俺たちが」

瞬と一組にまとめられることには悪い気はしなかったのだが、二人して対峙することになる対象物が対象物なだけに、氷河は紫龍の要請に不満を抱かずにはいられなかった。
紫龍が、そんな氷河に、現状に至った責任を押しつける。
「最初に奴をご機嫌斜めにしたのはおまえたちだそうじゃないか。仮面ライダーがどうのこうのと悪態をついていたぞ」

「……どうして、それで彼の機嫌が悪くなるの」
「さあ」
瞬に問われた氷河にも、その理由はわからない。
アルベリッヒの考えを理解できないことが、氷河は非常に嬉しかった。






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