「僕たちとあなたの間には、生まれ育った環境や価値観の相違が確固としてあると思うけど、人は、自分と他人の考え方の違いを慮ることで互いに理解し合おうとするものでしょう? だから、その──ネガティブな先入観を捨てて、もう少し柔軟な態度で僕たちに接してくれると嬉しいんですけど……」

それでも更に数日、アテナの聖闘士たちは我慢した。
そして、これ以上放っておくとアルベリッヒとアテナの聖闘士たちの関係が、改善はおろか悪化するだけだという事実が明白になった数日後。

結局、アルベリッヒとの折衝の矢面に立たされたのは瞬だった。
否、『立たされた』というのは正確ではない。
瞬は、最初から喧嘩腰の氷河たちをアルベリッヒに会わせないために、単独で、彼との会見に臨んだのである。

極めて腰の低い瞬の要望に対するアルベリッヒの返答は、だが、とりつく島もないものだった。
「自分のレベルを下げてまで、馬鹿と付き合うのは時間の無駄だ」
「なら、僕たちのどういうところを、そんなに馬鹿と感じるのか教えてもらえると嬉しいんですけど……。本当に良くない部分があるのなら、僕たちだって、それを直すために努力します」
「どこもかしこも隅から隅まで馬鹿だ」
「馬鹿だから…… 一つ二つ例をあげて説明してほしいんです」

散々暴言を吐かれても、ここまで低姿勢を貫けるのは、地上に88人存在するというアテナの聖闘士の中でも、やはりアンドロメダ座の聖闘士しかいないだろう。
幸い、アルベリッヒは、瞬を“本気”にするような類の悪口を口にすることはなかった。

「たとえば、おまえ」
瞬の要請に、アルベリッヒが律儀に応える。
彼は、瞬を、人差し指で正面から指し示してきた。
失礼もいいところの所作だが、アスガルドの貴族にはそれは下品なものではないらしい。
彼のご指名に、瞬は少々緊張して威儀を正した。

「子供の叶うはずのない夢を助長するのは馬鹿のすることだろう。その夢を本気で夢見て、そのために努力し時間を費やして、結局あの子供が得られるものは失望と挫折感だけだ。おまえは無責任に過ぎる」

アルベリッヒは、やはり仮面ライダーにこだわっているらしい。
アスガルドでは仮面ライダーの放映がなくて見られなかったのか、あるいは見たい話を見逃したのか──アルベリッヒのこだわりの理由は、瞬にはわからなかった。
もしかしたら彼は仮面ライダー(変身後)に似ていると馬鹿にされたことがあるのかもしれない──とも思ったのだが、もちろん、そんなことを当人に尋ねるほど瞬は馬鹿ではない。

「それは……夢を叶えるためにベストを尽くさなかった人の場合でしょう。本当にその夢のために、自分の持てる力を全て出し切ったのなら、その夢が叶わなくても、夢のために努力した時間は無駄にはならないと思う。それは大事な経験だもの。半端な努力しかしなかった人が、もしかしたらもっと頑張っていたら夢は叶ったかもしれないっていう後悔を抱くだけのことなんじゃないのかな」

瞬の言葉に、アルベリッヒは肩眉をぴくりと引きつらせた。
全力を尽くして己れの野望の実現のために励み、挫折し、希望を失った人間──それが、今のアルベリッヒだったのである。
瞬の言葉が彼の勘に障ったのは当然のことだった。

「最初から叶わない馬鹿げた夢だぞ。仮面ライダーだのウルトラマンだのと! ああ、そういえば、おまえも馬鹿な夢を見ているらしいが」
「僕の夢?」
突然自分の夢に話を振られた瞬が瞳を見開く。
瞬は、自分の夢を馬鹿な夢だと思ったことは一度もなかったのだ。






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