「人を傷付けたくないだの、地上に真の平和をもたらしたいだの、そんな夢が叶うはずがないじゃないか。人間というのは、何千年も他人を傷付け戦うことだけで歴史を刻んできた生き物なんだぞ。おまえ一人の力で、急に人間の悪癖が消えるとでも思っているのか。そんな夢は見るだけ無駄だ」
「…………」

そんなことを、きっぱりと断言してしまうアルベリッヒが、瞬は悲しかった。
そう考える人間が自分の目の前に確かに存在するという事実が。
「それは……確かに、僕が生きている間には無理かもしれないけど、でも、いつかきっと……」
「自分の夢の実現を他人に転嫁するのも無責任だな。だいいち、自分の努力の結果を自分で手にできないなんて虚しいだけだろう」

“夢”の捉え方が、アルベリッヒと自分とでは根本的に違うのだと、その時 瞬は初めて気付いた。
ふと、天蠍宮でミロと対峙した時の氷河の気持ちに、瞬は思いを馳せたのである。
あの時の氷河も、こんなもどかしい思いを抱いたのだろうか、と。
「虚しいと感じるのも感じないのも、それは僕の心の中の問題でしょう。僕は僕の夢を死んでも諦めない。それが叶うのが僕のいない未来でも、夢が実現するのなら僕は嬉しい」

「それは綺麗事だ。自分の努力の成果を自分で手にできると思うから、人は必死に努力するんだ。努力の成果を自分のものにできないとわかっている夢なら、人は努力などしないし、努力するとしても手を抜くことになるだろう。おまえが言うのは、綺麗な理想事にすぎない」

「綺麗事……。うん、そうだね。きっと人は綺麗なものに憧れるようにできているんだ」
自分の夢が叶わないと断言されたことよりも、アルベリッヒの考え方こそが、瞬には切なくつらかった。

「ふん。だが、大きすぎて叶わない夢というのは便利なものかもしれないな。結果を手にするのが自分でないのなら、夢が叶わなくてもおまえは傷付かないわけだ。案外利口な夢の見方かもしれない」
アルベリッヒの皮肉な褒め言葉に、瞬は力なく左右に首を振った。

「そうでもないよ。大きな夢は楽しくて綺麗だけど、その夢が永遠に叶わなかったらと考えると深い闇を見せられてるみたいで──とてつもなく大きな絶望にとらわれるから」
「自業自得だろう」
「うん、そうだね」
瞬が微かに笑って頷く。
瞬が、深い絶望と紙一重の夢を語りながら、それでも笑ってしまえることが、アルベリッヒは気に入らなかったのである。
瞬がその絶望的な夢を、決して諦めていないということが。

「おまえの自業自得はおまえ自身が了承しているんだから、おまえの好きにすればいい。しかし、無知な子供に仮面ライダーになれと煽るのは無責任で、罪悪だ」
重ねて瞬を責めてくるアルベリッヒに、瞬は再度、先ほどのそれとは別の意味を込めて、首を横に振った。

「あの子は──彼は、夢の見方を間違えてるだけだよ。彼が本当になりたいのは仮面ライダーなんかじゃなく──彼は、自分の大切なものを守ってやれるだけの力を持った人間になりたいんでしょう。その象徴が仮面ライダーなの。仮面ライダーにはなれなくても、彼の夢は十分に叶う可能性のある夢だよ。僕と氷河はそれを応援したんだ」

「…………」
「夢の見方を間違えてる人は多いと思う。仮面ライダーじゃなくてもね、大統領になりたいだの、総理大臣になりたいだの、そういう夢っていうのは、僕も無意味だと思う。実現する可能性がとても低いから夢見るだけ無駄だというんじゃないよ。そういう夢を見る人が本当に欲しいものは、その夢が叶った時に得られるものの方でしょう? 名誉だったり、人々からの賞賛だったり、尊敬だったり。そういうものは肩書きじゃなく、実績についてくるものだから、別にその人は大統領にならなくても、夢を叶えることはできるんだよ。そういう夢の見方をすればいいのに、それをしないで、夢が叶わなかったと嘆くのは何かが違っていると、僕は思う」

「…………」
アルベリッヒは、不幸なことに頭が良かった。
瞬の言う、“間違った夢の見方”を自分自身がしていたことに気付いてしまえるほどに。






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