「あなたの夢は何?」
「俺の夢?」
ふいに瞬に問われ、アルベリッヒは返答に窮したのである。
今の彼に夢はなかった。

──かつては彼もそれを持っていた。
悪魔の指輪に支配された、アスガルドの神オーディーンの地上代行者。
彼女に邪魔者を始末させた後で彼女自身を倒し、自分が世界の支配者になるという、稀有壮大ではあるが実現の可能性が皆無でもない夢。

その夢の実現のために努力もした──と思う。
だが、世界の支配者になるという夢が、夢の見方を間違えていた夢だったのだとしたら、自分が本当に欲しかったものはいったい何だったのだろうか──?
アルベリッヒには、それがわからなかった。

「夢……あるんでしょう? それがないと、人は生きていけないよ」
「…………」
ならば自分は今 生きていないのかと、アルベリッヒは心中で叫び、そして、だが、その叫びを声にしてしまうことはできなかった。
かつての夢を語ることも、彼にはできなかった。
挫折した夢を他人に語ることを、彼のプライドが許してくれなかったのだ。

「壮大で、それでいて叶えられそうな夢、かな。あなたは、その夢のために堅実にひたむきに努力しそう」
挫折のただ中にいるアルベリッヒの苦衷も知らず、瞬は皮肉の色もなく素直な口調で言う。
──言っているように、アルベリッヒには見えた。
アルベリッヒは、瞬のそのおめでたい様子に腹が立ち、そして、少々自虐的な気分になってしまったのである。

「俺の夢は──世界を俺の支配下に置くことだった。ヒルダを倒して」
アルベリッヒがもう決して叶わない自身の夢を口にしたのは、それでも、己れのプライドのためだった。
瞬の能天気な推察は間違っていると、彼は瞬を嘲笑ってやりたかったのである。
荒唐無稽な夢と笑われるかもしれず、卑しい夢と蔑まれるかもしれなかった。
だがアルベリッヒは、そのどちらでもよかったのだ。
瞬の表情が僅かにでも曇り歪んでくれさえすれば。

しかし、アルベリッヒの期待は叶わなかった。
瞬は笑いもせず、表情を曇らせることもなく、真顔で彼に尋ねてきた。
「世界を支配してどうするの?」
「俺を蔑んでいたアスガルドの者たちを見返して、俺の前に跪かせて──」
「彼等を跪かせるには、支配者になって権力を握るだけじゃ無理だと思うけど」
「…………」

瞬の言う通りだった。
もし彼がヒルダを倒し、世界をその手中に収めていたとしても、アルベリッヒが見返してやりたいと思っていた者たちは、更に深くアルベリッヒを軽蔑するだけだったろう。

「あなたが世界の支配者になっても、ヒルダさんより良い治世を実現しないと、アスガルドの人たちは心底からあなたに心服することはないと思うけど──」
「…………」
それ以上何も言うなと、俺はすべてを理解し、その上で絶望しているのだと叫びたい衝動に、アルベリッヒは支配された。
そんなアルベリッヒに、瞬が微笑を向けてくる。

「叶うといいね」
「貴様は馬鹿か!」
「馬鹿って……その言い方はひどい。いい施政者になりたいっていうのが、あなたの夢なんでしょう? 叶ったら、あなただけじゃなくみんなも嬉しい夢だよ」

アルベリッヒは腹が立って仕様がなかった。
馬鹿だと決めつけていた相手よりずっと自分こそが愚かだった事実を、優しく諭されてしまったことに、彼のプライドは崩壊寸前のところにまで追い込まれかけていた。






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